法(Mood)—主観的な観点から表現対象を事実だと思っているかどうかを表現する階層
法(Mood)とは、「話し手(厳密には情報発信者)が表現対象を主観的な観点からどのように捉えているか」を示す定形動詞の階層の1つです。
それでは、一般的にはどのように説明されているのでしょうか。英文法の参考書から見てみることにしましょう。
「徹底例解ロイヤル英文法」では以下のような説明になっています。
「法というのは、話し手が自分の言う文の内容に対してどう思っているか(事実と思っているか、仮定のことと思っているか、など)を示す動詞の形のことで、事実として話しているときの形を直説法、希望・要求・提案として話しているときの形を命令法も想像や仮定・願望などとして話しているときの形を仮定法という。」(第15章 540ページ)
上記の説明にあるように「話し手が自分の言う文の内容に対してどう思っているか」ということが重要なボイントです。また、「現代英文法講義」(安藤貞雄著 2005年刊)では以下のようになっています。なお、引用文中の「細江(1933)」は細江逸記著『動詞叙法の研究』(泰文堂刊)のことです。
「叙実法(indicative mood):事柄を「事実として」(as a fact)述べる叙法で、「直説法」とも言うが、本書では、細江(1933)に従い、より適切な名称として叙実法(fact-mood)を用いる。」(第19章 363ページ)
「命令法(imperative mood):命令・依頼などを表す場合に用いられる叙法で、現代英語では、動詞の原形と同じ形になる。(第19章 363ページ)。」
「叙想法(subjunctive mood):事柄を現実の事実としてではなく、一つの「想念」、すなわち、話し手の心の中で考えられたこととして、あるいは仮想世界の状況として、述べる場合に用いられる。英文法では、「仮定法」という用語がよく使用されるが、この叙法で述べられた文がすべて仮定を表しているかのような誤解を与えるので、本書では、細江(1933)に従い、より適切な名称として叙想法を用いる。」(第19章 363-364ページ)
さらに、叙実法(indicative mood)の「事実として」に関する注として以下のように述べています。
「事実を述べるのではなく、事実として述べるのである。例えば、Two and two makes five.(2足す2は5)は数学的な事実ではないが、叙実法で書かれた文法的な文である。」(363ページ)
上記の説明では、叙実法の「事実として」はいいのですが、叙想法については、叙想法だけが「話し手の心の中で考えられたこと」というように受け取られてしまうのではないかと思います。実際には直説法[叙実法・事実法]も命令法も接続法[叙想法・反実法]もすべて、「話し手の心の中で考えられたこと」すなわち<話し手の主観>から見た見方を表していますので、客観的に見たときにはどうなっているかについては、「法(Mood)」だけを見てもわかりません。
上記のさまざまな定義を踏まえて、英語における法(Mood)を考えてみると、以下のような3種類があると考えます。なお、法(Mood)は、時制(Tense)や人称(Person)と同様に定形動詞にしか存在しない階層です。
また、Moodの訳語として一般には「法」が使われていますが、日本語としては「調」のほうが適切ではないかと思います。
それでは、個別に説明していきましょう。
事実法[事実法](Factive Mood)(Indicative Mood)
事実法(factive mood)とは、「話し手(情報発信者)が表現対象を<事実だと思って>表現していることを表す定形動詞の階層構造の1つです」。したがって、単に「事実を述べる」とか「事実を表現する」という定義では誤りになります。また、「事実法」で表現されているからといって、客観的に見たときに「事実」であるかどうかについては何の保証もありません。むしろ、客観的に見たときには「事実ではない」こともあります。
上記の「話し手」については、それぞれの場面ごとにさまざまに異なっています。例えば、通常の会話や小説の会話の部分については「話し手」ですが、小説の地の文では「語り手」となります。
また、第1人称は「話し手」そのものを指すのではなく、「話し手」から見た「話し手」という<関係>を指しています。いわゆる「人称代名詞」は、主として、この<関係>だけを示しているという点が、性別や年齢・身分などとは無関係に使用できる要因となっています。日本語には「人称代名詞」が多数存在するという誤った言説がありますが、主として<関係>だけを示すということが理解できていないだけなのです。
これらを表にまとめると以下のようになります。
場面 | 第1人称 | 第2人称 | 第3人称 |
通常の会話や小説の会話部分 | 話し手(the speaker) から見た 話し手(the speaker) に対する関係 |
話し手(the speaker) から見た 聞き手(the listener) に対する関係 |
話し手(the speaker) から見た 第三者(the third person) に対する関係 |
小説の地の文 | 語り手(the narrator) から見た 語り手(the narrator) に対する関係 |
語り手(the narrator) から見た 読者(the reader) に対する関係 |
語り手(the narrator) から見た 第三者(the third person) に対する関係 |
手紙 書簡体小説(手紙の形式にした小説) |
差出人(the sender) から見た 差出人(the sender) に対する関係 |
差出人(the sender) から見た 受取人(the receiver) に対する関係 |
差出人(the sender) から見た 第三者(the third person) に対する関係 |
論説文 | 筆者・執筆者 (the writer) から見た 筆者・執筆者 (the writer) に対する関係 |
筆者・執筆者 (the writer) から見た 読者(the reader) に対する関係 |
筆者・執筆者(the writer) から見た 第三者(the third person) に対する関係 |
命令法(Imperative Mood)
命令法(imperative mood)とは、「話し手(情報発信者)が表現対象を現状では事実ではないが、事実にしたいと思っていることを表す定形動詞の階層構造の1つです」。したがって、「命令」や「勧誘」、「祈願」などを表現したい場合に命令法を使用します。
反実法(仮定法)(Fictive Mood)(Subjunctive Mood)
反実法(fictive mood)とは、「話し手(情報発信者)が表現対象を事実だと思っていない、または事実かどうかの判断を留保していることを表す定形動詞の階層構造の1つです」。「事実かどうかの判断を留保している」というのは、「事実であるとも明言しないし、事実でないとも明言しない」ということで、間接話法などに用いられます。多くの文法書では「仮定法(subjunctive mood)」と呼ばれていますが、「仮定法」という用語は英語特有のもので、他のヨーロッパの言語では一般に「接続法」と呼ばれています。しかし、「仮定法」も「接続法」も不適切な用語です。「仮定法」という用語では<非現実話法>だけに対するものになってしまいますし、「接続法」という用語は従属節で多く使用されていることから命名されている言葉ですが、実際には従属節だけではなく、主節でも使用されていますので、「接続法」という名称では不適切なものになってしまいます。
「叙想法」という言い方もありますが、「心の中で想って」いるのは「叙想法」だけではなく、「事実法[事実法]」や「命令法」も同じなので、この用語も適切とは言えません。
態(Voice)—客観的な観点から主題が原因を示すかどうかを表現する階層
態(Voice)とは、「節の主題が動作・行為の原因となるかどうかを客観的な観点から表す」定形動詞の階層の1つです。具体的には以下の2つに分かれています。なお、この階層は「他動詞」の場合にしかありません。
英語における態(Voice)には以下のような2種類があると考えます。なお、態(Voice)は、法(Mood)や時制(Tense)、人称(Person)と異なり、定形動詞以外に分詞や不定詞などにも存在する階層です。
原因能動態(Causal Active Voice)[能動態(Active Voice)}
原因能動態(Causal Active Voice)[能動態(Active Voice)]は、主題[主語]となる表現対象が定形動詞から見て、
の2つの条件を同時に満足する用法です。対象となる目的語は通常、<原因以外>の言葉となりますが、<原因そのもの>を対象とする場合には再帰関係詞[再帰代名詞]を使います。
通常は「…する」が原因能動態(Causal Active Voice)[能動態(Active Voice)]の意味と考えられがちですが、これは誤りです。原因能動態(Causal Active Voice)の意味は<原因>を主題としていますので、「(原因が)…させる」だけではなく、動作主が意図を持って何かを行った場合、その動作主を原因と考えて、「(動作主が意図を持って)…する」ということを表現したい場合にも使います。
英語では「<能動態>の主語は<動作主・行為者>である」と言われていますが、実際には上記のように、元来は<原因>が主語になる場合を<能動態>としていたのですが、時代を下るにつれて、<動作主・行為者>を主語にした場合も<能動態>で表現するようになってきたのです。ただし、<動作主・行為者>を主語にしているからといって、すべて<能動態>で表現されるわけではありません。例えば、感情を示す動詞である"surprise"や"embarrass"は<動作主・行為者>が主語の場合、<受動態>になりますが、これは感情を引き起こす<原因>が主語にならないと<能動態>にならないためです。
自発受動態(Spontaneous Passive Voice)[受動態(Passive Voice)}
自発受動態(Spontaneous Passive Voice)[受動態(Passive Voice)]は原因能動態(Causal Active Voice)[能動態(Active Voice)]では表現できない切り口で表現する場合に使用します。つまり、
の2つの条件のうち、どちらか1つを満たすことが条件となります。ただし、<動詞の表す動作の対象となる原因以外の目的語が存在しないこと>は条件にはなりません。したがって、自動詞には<態(Voice)—客観的な観点から主題が原因を示すかどうかを表現する階層>は存在しないことになります。
通常は「…される」が受動態(Passive Voice)の意味と考えられがちですが、これは誤りです。英語の受動態と日本語の<受身形>は重なる部分もありますが、実際には全く異なるものです。受動態(Passive Voice)の意味は<原因以外>を主題としていますので、「(原因が影響を及ぼす対象が)…される」だけではなく、動作主が意図せずに何かを行った場合についても、意図せずに行っている以上、<原因>が<主題>とはなっていないと考えて、「(動作主が意図を持たずに)…する」ということを表現したい場合にも使います。
また、Voiceという言葉は「動作主」の"Voice(声)"ということから命名されたと思われますが、「原因」を主題とする考え方からすれば"View"ということばのほうが適切ではないかと思います。また、"View"の訳語は「観」がよいのではないかと思います。
相(Aspect)—客観的な観点から表現対象に対する「時間的認識」を表現する階層
相(Aspect)とは、「表現対象を時間的にどう捉えるかを客観的な観点から表す」定形動詞の階層の1つです。従来は「時制」の中の一部であるかのように混同されていたものです。
単回遂行相(Single Implemented Aspect)
表現対象の動作や行為が一瞬のうちに始まり、終了してしまったかのように表現します(実際の動作・行為には開始から終了まで一定の期間が存在するはずですが、その期間を一切無視して、開始から終了まであたかも一瞬の出来事であるかのように表現します。また、動作の開始から終了までのすべてを表現対象とします)。
状態相(Stative Aspect)
表現対象の動作や行為が継続している(中断できない)状態にあることを表現します(いわゆる<状態動詞>が該当します)。
進行相(Progressive Aspect)
表現対象の動作や行為を<開始>・<実行中>・<完了>という3つに区分したときの<実行中>の部分、すなわち<ある期間の中で>継続している(中断できる)状態にあることを表現します。
完了相(Perfect Aspect)
表現対象の動作や行為を<開始>・<実行中>・<完了>という3つに区分したときの<完了>の部分、すなわち<ある期間の中で>完了している状態にあることを表現しますが、具体的には以下のようになります。
完了進行相(Perfect Progressive Aspect)
表現対象の動作や行為が「ある期間の中で」完了している状態に加え、「ある期間終了後」も継続する予定であることを表現する。
なお、完了相の意味は具体的には以下のようになります
したがって、たとえば、現在完了形であれば、具体的には以下のようになります。
よく、完了形というと「完了・経験・継続」が代表的な意味だと言われていますが、これらは上記1の条件を強調した表現が「完了」であり、上記2の条件を強調した表現が「経験」となり、上記3の条件を強調した表現が「継続」となるに過ぎないのです。