一般に英文法の本では、「代名詞は名詞の代わりをする言葉である」という説明がありますが、これは定義としては不完全であり、誤りです。なぜなら定義となるには<必要十分条件を満たす必要がある>からです。
まず、必要条件から調べてみましょう。「すべての代名詞は名詞の代わりをする言葉である」が成り立てば、必要条件を満たすことになりますが、第1人称や第2人称の人称代名詞は名詞の代わりをする言葉ではないので、必要条件は満たしません。次に十分条件を見てみましょう。「名詞の代わりをする言葉はすべて代名詞である」が成り立てば、十分条件を満たすことになりますが、英語では、名詞の代わりを代名詞が行う場合だけでなく、名詞を別の名詞で言い換える場合がよくあります。したがって、十分条件も成り立たないことになります。
それでは、この言葉は何を意味しているかというと、もともと"pronoun"という言葉の語源を説明するものだったのが、いつの間にかpronoun(代名詞)の定義だと考えられるようになり、今日に至っているようです。また、別の観点から観てみると、「第3人称の人称代名詞は名詞の代わりをする言葉である」と考えるようになったとも言えます。しかし「第3人称の人称代名詞」を「代名詞」すべてに拡大解釈した結果、誤ってしまったのです。ただ、この定義も「名詞の代わりをする言葉がすべて第3人称の人称代名詞である」が成立しないことから考えても定義にはならないことがわかります。
また、代名詞の定義をしないままに「人称代名詞」、「指示代名詞」、「疑問代名詞」、「関係代名詞」、「不定代名詞」に分類している本もありますが、これも代名詞の定義がないままに分類してみても、何かを説明したことにはなりませんし、理解できるはずがありません。研究対象を定義しない(できない)ままに研究を進められると考えていること自体、現在の英語学、ひいては言語学のレベルの低さを示していますし、文法教育を軽視する一因にもなっているのです。
たとえば、夏目漱石の「吾輩は猫である」を英訳すると"I am a cat."となりますが、残念ながらこの英訳では重要な要素を表現できていません。日本語では「吾輩」というだけで「話し手」を表すだけではなく、中年以上の男性で偉そうにしている人物であることがわかります(少なくとも女性や未成年者であるとは考えられません)。こうした「偉そうな」表現を「猫」がしているところがおかしいのです。言い換えれば「吾輩」という言葉は表現対象の性別・年齢・身分などの属性を表現しているのです。これは「吾輩」が「名詞」だからです。一方、英語の"I"は単に「話し手」を表しているのではなく、話し手から見た話し手という「関係」を表しています。したがって、「話し手」の性別・年齢・身分などの属性は一切表現していません。これは英語の"I"が「代名詞」だからです。したがって「代名詞」は極めて抽象的な表現になることがわかります。
それでは、<代名詞>の本質は何でしょうか? 私は<代名詞>とは「主として関係を示すことばである」という仮説を提示したいと思います。関係を示す言葉は他にも名詞などがありますが、名詞は表現対象を実体概念として捉えたものを表現するのが主な役割なので、「主として関係を示す」わけではありません。しかし、実際に名詞を使った場合(すなわち言語として表現した場合)には必ず<第三者>として表現されますので、第三人称の「人称代名詞」を使ってその関係を示すことができるのです(このことを通常は「代名詞が名詞の代わりになる」という言い方をしています)。
したがって、これ以後については「代名詞」ではなく<関係詞>という名称で記述していきます。具体的には以下のようになります。
新しい名称 | 従来の名称 | 例 | 説 明 |
主観関係詞 (人称関係詞) |
人称代名詞 | I,you,he,she,it,we,they | 話し手の主観から見たあらゆる表現対象との関係を3種類に区分して表現する。 |
所有関係詞 | 所有代名詞 | my,your,his,her,its,our,their, mine.yours,his,hers,its,ours,theirs |
my,your等を第一種所有関係詞、mine.yoursを第二種所有関係詞とする。 |
再帰関係詞 | 再帰代名詞 | myself,yourself,himself,herself, ourselves,yourselves,themselves |
目的語には通常、主語と異なる言葉を使用するのが原則ですが、同じ表現対象を表す場合などに使用する。 |
特定関係詞 | 指示代名詞 | this(these),that(those) | |
不特定関係詞 | 疑問代名詞 | who,whose,whick,what, where,when,why,how |
一般には疑問詞と呼ばれることが多いが、疑問文だけではなく、感嘆文などにも使用されるため、疑問詞という名称は不適切である。 |
接続関係詞 | 関係代名詞・関係副詞 | who,whose,whick,what,that, where,when,why,how |
|
全体関係詞 | 不定代名詞(の一部) | all,every,each,either, neither,another,other,both |
話し手が想定している全体数や全体量との関係を示す。 |
任意関係詞 | 不定代名詞(の一部) | one,none,some,any | 話し手が想定している任意の対象との関係を示す。 |
強調関係詞 | 不定代名詞(の一部) | such,quite,rather,enough,alone | 表現対象との関係を強調するために使用する。 |
数関係詞 | 数詞 | 基数関係詞・序数関係詞・度数関係詞を包括するもの | |
基数関係詞 | 基数 | one,two,three...etc. | |
序数関係詞 | 序数 | first,second,third...etc. | |
度数関係詞 | 度数 | once,twice,three times...etc. |