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さて、私は「ムスコ編」のラストで、「同じ妊婦が同じ病院でお産をしても、こんなに違うもの」と書きましたが、
実はそれは、妊娠中から言える事なんです。
たとえば「つわり」。
ムスコの時もそれはありましたが、初期の頃切迫流産で安静入院したため、「つわり」は心楽しいものでもありました。
なんといっても「赤ちゃんがここにいる」というサインでもあるわけですからね。
吐くのは吐いていましたが、食べる元気もあったのです。

ところがムスメの時のつわりときたら、ハンパじゃありませんでした
水も飲めなくなって、飲んでもすぐに吐いてしまって、あっと言う間に体重が7Kgも減ってしまいました。
鉛筆を持っただけで、手がぶるぶる震えます。
匂いに敏感になって、それまでは可愛くて可愛くてくんくん嗅いでいたムスコの匂いも、ダメになりました。
気休めとはいえ匂い除けにマスクが手離せず、のべつまくなし襲ってくる吐き気をこらえるため、常に涙目でした。
さすがに「これはヤバい。」と思った私は産婦人科へ点滴をしに行きましたが、吐き気が全く無くなるわけでもなく、
さらに病院までの片道たった15分が辛くて辛くて、たった3日で通院を止めてしまいました。
当時はムスコの入園準備の時期と重なって、しょっちゅう入園予定の幼稚園に行かなくてはならず、
それもかなりな負担でした。

「”つわり”ってどういうふうになるの?」とよく聞かれるので、少しご説明いたしましょう。
これは大変個人差があるもので、人によってはただひたすら眠くなる人、とにかく体がだるくなる人など、いろいろです。
そしてやはり私のように、吐き気に苛まれるというのが一番よく見られる症状ではないでしょうか。

皆さんは二日酔いになったことがありますか?頭痛がしたりだるかったり、大変ですよね。そしてあの吐き気。
いや、実際吐くんですが、二日酔いならせいぜい数時間もたてば治まってしまうところを、
つわりは下手をすると3ヶ月近くもの間、続くわけです。しかも朝から晩まで、冗談じゃないだけ吐くのです。

人間、これだけ長い間吐きっぱなしになると少し感覚がおかしくなるのでしょうか。
この頃の私は小説でもドキュメンタリーでも、とにかく「恐いもの」「気持ち悪いもの」を好んで読んでいました。
例えば猟奇殺人を扱った推理小説とか、
映画「生きてこそ」の題材になった、生き延びるために人が人を食べたドキュメンタリーとか、
戦争の残酷な描写がある小説とか、そんなのばかり読んでたんですね、貪るように。
そういう本を読んで、実際の吐き気から気を紛らわせようとしたのかもしれません。
携帯電話の無かった昔、夏の暑い日に、親には内緒の電話をするために犬の散歩を装って蒸し風呂状態の電話ボックスに入り、
しばらくしてボックスから出るとす〜〜〜っと涼しく感じられるのと似た感じでしょうか(←ちょっと違うような気も‥‥)。
つわりはいつかは治まるものだと頭では分かっていても、やはり辛いものです。
つわりで苦しい思いをしている皆さん、あと少し、もうちょっとの辛抱ですからね。

ひとつだけ、ムスコの時と同じ事がありました。
ムスコを妊娠する前、稽留流産をしたと前に書きましたね。
その処置からちょうど一年たって、まるでなにかのめぐり合わせのようにムスコを妊娠したと。
実はムスメを妊娠するちょうど一年前にも、2度目の稽留流産をしていました。
この時の処置は「笑気ガス」を使ってくれたので、まったく無麻酔だったムスコの前の時よりは身体的には少しマシでしたが、
精神的にはかなりまいりました。
しかも処置の翌日から、ムスコがぜんそくで2度目の入院。

安静が必要な私が当然付き添わねばならず、心身共に、そうとう追い詰められた状態だったと記憶しています。
「もうダメかもしれない。もう二度と赤ちゃんは産めないかもしれない。」という思いに捕われ、
まともに笑う事もできないまま日々を過ごしていましたが、処置からちょうど一年経った頃、次の妊娠に気付いたのでした。
あれだけ長く辛かったつわりを耐えられたのも、そういう事があったからでしょうか。

つわりがおさまってからはひたすら仕事をし、ムスコの入園準備もし、睡眠時間は相変わらず4、5時間程度で、
それでも赤ちゃんは順調に育っていきました。
そして妊娠8ヶ月の頃、ムスコの腸重積入院。いやー、いろいろあるもんですねー。
その年の4月、無事にムスコは幼稚園に入園し、そして出産のために里帰りすることになったのです。
里帰りしてからの様子は、次でお話しますね。

(2000/1/2)

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