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ところで皆さんは、兵庫県宝塚市と青森県むつ市の時間距離は、どのくらいだと思いますか?
一言で「里帰り出産する。」と言っても、遠いですからね、これはとても重要なポイントになってきます。
加えて私が「飛行機嫌い」なこと、ムスコが「列車好き」なこと、とくれば、
移動手段としてはもう「鉄道」以外、考えられません
ね。
ムスコのお産の時は、新幹線を使って太平洋回りで帰りましたが、
お腹の大きい私が一人で4歳の子を連れ、大きな荷物を持って何度も乗り換えしながら遠路を行くのは、
ハッキリ言って自殺行為です。
以上の条件をスパッとクリアできるのは、そう、「日本海回りの寝台車」ということになりますね。
大阪と青森を結ぶ下り「寝台特急 日本海」には1号と3号がありますが、当時「日本海1号」にはB寝台しかなかったので、
お腹の大きい私がムスコと一緒の寝台を使えるように、A寝台がついている「日本海3号」にしました。
4歳の子どもが一人で寝台を使うのは、いろんな意味で危ないですからね。
宝塚の自宅から大阪駅までは1時間、大阪駅から「寝台特急 日本海3号」で青森駅まで15時間。
青森駅からむつ市下北駅までは、列車の連絡にもよりますが早くてだいたい3時間。
おお、これだけでもう、19時間になっちゃいました。
こう書くと「うっわ〜〜〜〜、時間かかって大変〜〜〜〜〜〜。」という印象を受けますが、
なに、寝台車ですからね、ゆっくり横になって行けるので、想像する程は大変じゃないんですよ。
乗り換えの負担の大きいことを考えて、実家の父に青森駅まで車で迎えにきてくれるように頼みましたし。
そんなこんなで4月の下旬、ダンナに大阪駅まで送ってもらって、私とムスコは一路むつ市へと向かったのでした。

順調に進んでいた「日本海3号」が、夜中の1時頃、新潟県は新津駅(だったと思います、たしか)で止まりました。
ところが5分経ち10分経っても動こうとしません。そのままの状態で30分も過ぎた頃でしたか、
「この列車は、ただ今機関車の故障で停車しております。故障がなおり次第発車いたします。」
との車内アナウンス。さらに待って1時間以上も過ぎてから、
「故障した機関車の交換に入ります。線路を変えて作業しますので、ホームはありません。
お乗りになったままお待ち下さい。」
というアナウンス。
(え〜〜〜〜、それじゃホームから実家に電話する事も出来ないじゃん。まいったな〜〜〜〜〜。)
と思っているうちに、ムスコも起きてしまいました。
故障で動けないらしい事を告げ、飽きてグズグズ言い出すかと構えていたら、
「え?それじゃもっといっぱい”日本海”に乗ってられるの?」と喜んでるんですね。
いやはや、鉄道ファンってすごい。

そうして定時より3時間も遅れて、「日本海3号」は新津駅を発車しました。
ところが今度は通常のダイヤではなくなっているので、
正規のダイヤで運行している列車の合間を縫うように運行しなければならない
んですね。
停車駅に止まっても、停車時間をかなりはしょって発車するんです。
そうして父に連絡できないまま、時間はどんどん過ぎて行きました。
私達を青森駅まで迎えに来るはずの父が家を出るであろう時間が過ぎ、
そして「日本海3号」が定時運行なら青森駅に着く予定の時間に大分近くなったお昼前、たしか酒田駅だったと思いますが、
やっと駅の改札を出たところにある公衆電話から青森市内に住む叔母に、
駅にいるであろう父に「3時間遅れる」ことを伝えてもらえるように連絡できたのでした。
このときムスコは眠っていたのでそれも気になり、いや、走りましたよ。臨月間近の大きなお腹で。
「二人目になると妊婦は自分の身をいたわれない。」とよく聞きますが、まったくもって、本当ですね。

青森駅に着いたのは定時より3時間ちょっと遅れた午後3時過ぎ。
父の物凄く心配そうな顔を見て「?」と思いましたが、
後で聞いたら叔母や、叔母から連絡を受けた父母の方がパニックになっていたそうです。
「妊婦と幼児が乗っているのに3時間も遅れる!?」と。
いや、こちらは父になかなか連絡できなかった事を除けば、い〜〜〜〜〜〜〜〜っぱい列車に乗れて楽しかったんです、はい。

こうして列車と車合わせて22時間半にも及ぶ「帰省の旅」は終わりました
こういう時って携帯電話を持ってればよかったなーと思うんですが、それっきり私自身はケータイの必要性を感じなくなり、
実際に持つようになったのはその2年後、
まったく別の理由からダンナに半ば強制的にPHSを持たされるようになったのでした。
それが「どうしてか」というお話は、別のコーナーでいずれお話しますね。
(どうしてか知っている人、ニヤッとしないように。)

(2000/1/3)

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