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      1. ["Wheelock's Latin"のダメなところ]

I-F.ラテン語に関するコラム

"Wheelock's Latin"のダメなところ

定形動詞の活用について

"Wheelock's Latin"はラテン語の教科書として、とてもすばらしい本だと思います。ただし、それは7th Edition(第7版)での "EXERCITATIONES" と "SENTENTIAE ANTIQVAE" などに挙げられているラテン語の文のことであって、文法の説明などについてはいろいろと問題があり、教科書として使用する場合は別として、独習者がこの本を最初に学習するとラテン語の習得が難しいのではないかと思います。他の教科書や参考書にも同様の誤りがありますが、ここでは、"Wheelock's Latin"についてだけ述べていきます。

まず第1に定形動詞の活用に関する説明に問題があります。

ラテン語ではまず定形動詞の活用として、現在形・未完了形・未来形の3つが基本になりますが、"Wheelock's Latin"では、第1活用動詞から第4活用動詞まで現在形・未完了形・未来形の3つをどのように学習するかを表にまとめたものを以下に挙げます。

          Wheelock's_Latinの動詞の活用の記載順序1
   

上記の表を見ればわかるように、第1活用動詞と第2活用動詞は現在形や未完了形などのいわゆる「時制」ごとにまとめているのに対し、第3活用動詞と第4活用動詞は活用ごとに学習するという奇妙な構成になっています。特に第3変則活用動詞は短音のi幹であるのに対し、第4活用動詞は長音の ī ですので、この2つの活用動詞は似て非なるものです。これを「似ているから」ということで一緒に教えることは教育効果上マイナスであることは言うまでもありません。すでにラテン語を学習済の人であればともかく、この本で最初にラテン語を学習する人の多く(特に独習者)は習得できないと思います。

さらに問題なのは、第3変則活用動詞と第4活用動詞を学習するのが第10章になっている点です。"Wheelock's Latin"は全部で40章になっており、おそらくは毎週1章ずつ学習して、1年で学習を終えることを想定していると考えると、ほぼ3か月目まで学習しないと定形動詞の基本的な形が学習できないままになってしまいます。つまり、3か月目の前半まで、教科書で読む文の中で、何が定形動詞の活用なのか、何が名詞や代名詞、形容詞などの格変化なのかが判別しにくいままになってしまいます。

ラテン語は辞書掲載形がわからなければ、辞書を引くこともできないので、少なくとも定形動詞の活用形(特に現在形・未完了形・現在完了形)だけでも確実にしておくことが重要な学習ポイントです。定形動詞の活用形は種類も多く、活用形を見てすぐに辞書掲載形がわからないこともよくありますが、ここがわからないと、格変化している言葉を人称変化しているものと誤認したりして、余計な手間がかかることになりますし、逆にここがわかれば、残りは格変化している言葉か、動詞の不定形か、辞書掲載形の言葉のどれかになり、学習効率も拡大に向上します。したがって、本来は以下のような構成にすべきです。

          Wheelock's_Latinの動詞の活用の記載順序2
   

上記では現在形を第1章と第2章に分けていますが、これは全体が40章に分かれていることを前提としています。したがって、全体の章がもっと少なければ第1章と第2章、第4章と第5章を1つにまとめてもいいかもしれません。



名詞や形容詞の格変化について

"Wheelock's Latin"では、名詞や形容詞・分詞の伝統的な格変化の順である主格・属格・与格・対格・奪格の順にしています。今日でもこの順番で解説している教科書や文法書が多いのですが、最近では主格・対格・属格・与格・奪格の順にしているものがあり、個人的にはこちらの順番にすべきだと思います。

その理由は、以下の通りです。

  1. 第1変化名詞の単数属格と単数与格が同形である(語尾が-aeになる)。
  2. 第2変化名詞の単数与格と単数奪格が同形である(語尾がになる)。
  3. 第2変化名詞のうち、単数主格が"-um"で終わる名詞は、単数主格と単数対格(語尾が-umになる)、複数主格と複数対格が同形(語尾が-aになる)である。
  4. 第3変化名詞の中で単数主格と単数対格だけが語幹が異なる場合がある。
  5. すべての名詞で複数与格と複数奪格が同形である(語尾が-īsになる)。

このような点から考えると、伝統的な順番では、同形の格変化をわざわざ離して教えることになります。覚えてしまえばどの順番でも関係ないと思うかもしれませんが、主格・対格・属格・与格・奪格の順のほうが覚えるのが楽であるのは言うまでもありません。なお、同形の格変化をなるべく近くに配置することと似て非なる活用形を一緒に教えることは全く別のことです。名詞や形容詞の格変化を並べる際には、こうした配慮が必要です。

上記のような順序になっているのは、古くからの慣習であり、また、単数属格が格変化の種類を分類する上で、重要なポイントになっているからです。だからといって従来通りでよいという理由にはなりません。



第3変化名詞について

子音幹の第3変化名詞を第7章で、i幹の第3変化名詞を第14章で解説していますが、同じ第3変化名詞の解説としては離れすぎています。i幹の第3変化名詞は比較的数が少ないのは確かですが、もう少し近い箇所で解説しないと、i幹の第3変化名詞を学習するときには、子音幹の第3変化名詞について学生や生徒が忘れてしまっていると思います。



異態動詞(deponent verb)について

ラテン語には、いわゆる異態動詞(deponent verb)と呼ばれる動詞があります。これは能動態欠如動詞とか、形式受動態動詞と呼ばれることもあります。一般的には<形は受動態で、意味が能動態の動詞>などというわけのわからない説明がされています。しかし、こうした説明はすべて誤りです。

なぜなら、能動態にせよ、受動態にせよ、形態と意味は表裏一体であって、形だけ受動態とか、意味だけ能動態などということはあり得ないからです。また、<意味が能動態>というのは<訳語が能動態>であるという側面があります。たとえば、mirorが異態動詞(能動態欠如動詞・形式受動態動詞)と呼ばれる理由は、mirorの訳語が英語で"wonder"であることに由来しているのではないかと思います。ということは、mirorの訳語を"be surprised"としたときには、異態動詞ではないということになりますが、これでは論理が一貫しないことになります。もし仮に"be surprised"という訳語でも異態動詞であると主張するのであれば、mirorそのものに能動態である記号や符号がついていることになりますが、どの参考書を見ても、そのような解説はされていないようです。

実は、異態動詞とは<形は受動態で、意味が能動態の動詞>ではなく、文献(テクスト)上で<受動態しかない動詞>というべきものに過ぎませんが、これはさまざまな理由から、主題に<原因>を持ってくる能動態の形を取れず、受動態でしか表現できないだけなのです。

この異態動詞について"Wheelock's Latin 7th edition"では、どう説明されているか見てみましょう。第34章では以下のように記述されています

Latin has a number of common DEPORNENT VERBS, verbs that have passive endings but active meanings. There are few new forms to be learned (only the imperatives); the most crucial matter is simply to recall which verbs are depornent, so that you remember to translate them in the active voice, and that can be managed through careful vocabulary study. There are a few exceptions to the rule of passive forms/active meanings, and those will also need to be carefully noted.
【上記の試訳】ラテン語には一般的に<異態動詞>という動詞がかなりある、これは受動態の語尾を持つが、能動態の意味を持つ動詞である。本章で新たに学ぶべきものはあまりない(命令法のみ)。最も重要なのは<異態動詞である>という点を思い起こし、能動態で翻訳するよう覚えておき、注意深く単語を学習することでうまく扱えるようにすることである。受動態の形式や能動態の意味には例外的な法則が少しあり、それらについては注意を払う必要がある。

これを見る限り、<異態動詞>はどれが該当するかを覚えておいて、とにかく能動態に翻訳できればそれでよいということしか述べていません。そもそも<異態動詞>とは何を表現したいと思ってこのような形態になっているのか、なぜ能動態が存在しないのかについて解説するべきなのですが、「能動態で翻訳」できればよいなどという一種の<逆ギレ>状態すら呈しています。これでは全く論外というべき内容です。

日本でも、受動態と言えば、国文法の<受け身>であると信じ切っている人たちが多いようですが、欧米でも、主語に<動作主・行為者>が来ると能動態であり、それ以外は受動態になると信じ切っている人が多いようです。これでは能動態や受動態に関して、正しく理解できるはずはありません。



"VOCABVLA(新出単語)"について

"Wheelock's Latin"では各章に"VOCABVLA(新出単語)"が記載されています。しかし、この欄は、単純にアルファベット順にしているのではなく、品詞別(名詞・代名詞・形容詞・動詞・副詞など)の順にした上でさらにアルファベット順になっているので、単語が探しにくくなっています。

また、この"VOCABVLA(新出単語)"の中には英語からラテン語へ翻訳する際に必要な単語も記載されているのですが、ほとんどの"EXERCITATIONES(研究課題)"にある英文にはどのラテン語の単語を使用するか指定がされていないため、必ずしも"VOCABVLA(新出単語)"に出ているラテン語の単語を使用するとは限りません。これでは"VOCABVLA(新出単語)"に出している意味がなくなってしまいます。

さらに"SENTENTIAE ANTIQUVAE(古代ローマの文)"では、"VOCABVLA(新出単語)"に記載されていない単語の解説がついてるため、すでに"SENTENTIAE ANTIQUVAE(古代ローマの文)"で解説済の単語が"VOCABVLA(新出単語)"に記載されることがあります。例えば第17章で"VOCABVLA(新出単語)"として記載されている"libellus"が第3章の"SENTENTIAE ANTIQUVAE(古代ローマの文)"の3で、caecusが第4章の"SENTENTIAE ANTIQUVAE(古代ローマの文)"の1で、citoが第1章の"SENTENTIAE"の14で、incipioが第9章の長文の4行目ですでに使われています。

これは、おそらく"SENTENTIAE ANTIQUVAE(古代ローマの文)"を後から追加したため、整合性がとれなくなっているのでしょうが、改訂するのであれば、こうした点も見直すべきです。また、なかには"VOCABVLA(新出単語)"に掲載させないままに"EXERCITATIONES(研究課題)"で使用されている単語(第37章の4で使用されている lectricibus(lectrixの複数与格) など)もあり、今後の改訂ではこうした点も見直す必要があると思います。



自発・受動相(受動態)の活用について

自発・受動相(受動態)の活用については、

  1. 第18章で<第1活用と第2活用の現在・未完了・未来>を解説し、
  2. 第19章で(第1活用から第4活用までの)<現在完了・過去完了・未来完了>を解説し、
  3. 第20章で<第3活用と第4活用の現在・未完了・未来>を解説する

なぜという不思議な構成になっています。一般には<現在・未完了・未来>を学習してから<現在完了・過去完了・未来完了>をするべきだと思うのですが、こうした点も文法事項の習得を阻むものだと思います。



現在・未来・未完了

"Wheelock's Latin"では<現在形・未完了形・未来形>の3つを解説する場合、どういうわけか<現在形・未来形・未完了形>で解説しています。これは上記の自発・受動相(受動態)の活用でもそうなっていますが、それ以外でも第30章から第32章までの解説でも同様になっています。一般に未来形よりも未完了形のほうが使用頻度が高いので、この順番に並べることには意味がありません。現在形と未来形が似ているという理由でこの順番にしているとすると、教育上まったく逆効果というものです。<現在完了形・過去完了形・未来完了形>の解説でも同様に<現在完了形・未来完了形・過去完了形>の順になっていますが、これも<現在完了形・過去完了形・未来完了形>とすべきです。

ところが、第37章ではこれまでとは異なり、<現在形・未完了形・未来形>や<現在完了形・過去完了形・未来完了形>の順番になっています。他の章についても第37章と同様の順番にすべきです。



Gerund(動名詞)とGerundive(動形容詞)

ジェームズ・ヒルトン著の『チップス先生さようなら』には、最後まで "Gerund"(動名詞)と"Gerundive"(動形容詞)の区別がわからない生徒がいたということが書かれていますが、これは、必ずしもその生徒のできが悪かったというわけではなく、"Gerund"(動名詞)と"Gerundive"(動形容詞)という似て非なるものを一緒に教えていたためだと思います。"Wheelock's Latin"でも第39章で "Gerund"(動名詞)と"Gerundive"(動形容詞) を一緒に教えていますが、この2つは全く別のものなので、一緒に教えても学生や生徒を混乱させるだけで何の意味もありません。

まず、"Gerund"(動名詞)は動詞としての役割と名詞としても役割を兼ね備えたもので、主格がなく、対格・属格・与格・奪格の4つの格だけが存在しています。このため、動名詞の表現で主格に相当する表現が必要な場合は、現在不定形を使用します。

これに対し、"Gerundive"(動形容詞)は動詞としての役割と形容詞としての役割を兼ね備えたもので、男性・女性・中性の3つの性があり、主格・対格・属格・与格・奪格のそれぞれが存在しますので、どちらかと言えば、分詞として扱うべきものですし、じじつ、未来受動分詞としている参考書もあるくらいです。実は"Wheelock's Latin"では第23章ですでに<未来受動分詞>として解説済なので、わざわざ第39章で改めてGerund(動名詞)とともに解説する必要はないのではないかと思います。

"Gerund"(動名詞)と"Gerundive"(動形容詞)を一緒に教えるのは、形式文法に基づいた教え方であり、このような説明では、教える側も学ぶ側も本当に理解しているとは思えません。



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