『二度生まれの男・パウロ物語』
ここで、パウロの人生を追体験していくための理論として、アメリカの精神医学者ハリイ・スタック・サリ
ヴァン(1892年〜1949年)のパーソナリティ理論の概要を紹介しましょう。
サリヴァンは、彼の著作『現代精神医学の概念』(中井久夫・山口隆 訳、みすず書房、1976年)にお
いて、次のように言っています。
「<自己態勢>は、承認と不承認、賞と罰とから成るこの体験をとおして形成される。ところで<自己
態勢>の特殊なところは、片方で成長しつづけながら、もう一方では、まさにそもそもそれが発生した
時点からすでに、発達段階に応じて機能を営む点にある。そして、<自己態勢>は、発達につれてしだ
いに顕微鏡に似た働きをするものとなる。というのはつまりこういうことである。重要人物からの承認は
非常に価値の高いものであり、逆に、不承認は満足を奪い不安を誘発する。<自己>がきわめて重要
となってくるのはここである。子供の<自己>は、承認不承認の原因となる言動に対して非常に鋭く焦
点を絞る。その反面、これまた顕微鏡によく似たことだが、<自己>は、世界のそれ以外の部分に目が
向くことを妨げるのである。顕微鏡をのぞいている時は、顕微鏡の鏡筒をとおして見えるもの以外はあ
まり見ようとしないものである。<自己態勢>も同様である。<自己態勢>は、重要人物を相手とする、
承認不承認の種となりそうな言動に、注意の焦点を絞る傾向がある。この特性は、不安と強く結びつい
て、それ以後、生涯にわたって持続する。<自己>とは、我々が《私(アイ)》ということばを発する時、
このことばによって指すところのものであるが、この<自己>だけは、世界の中で何が起こっているか、
にいつでも気を配っている。特に<自己>の支配領域内で起こることに気をつけているのはもちろんで
ある。人格の残りの部分は意識(awareness)の枠外で働く。それに属する衝動も、その営為も、注目さ
れることはない。」(30−31頁)
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