『二度生まれの男・パウロ物語』
ユダヤ教文化の要は、唯一絶対の人格的創造神・ヤハウェの存在を信じることです。そして、ヤハウ
ェとイスラエルの民との間の契約を信じることです。イスラエルの民がその契約を守るということは、す
なわち、ヤハウェから与えられた律法を遵守するということになります。したがって、ユダヤ教徒にとって
は、律法遵守は、自分のアイデンティティの維持に関わる重要な事柄でした。
ところで、目の前に現れない神が、人間の人格形成に大きな影響を与えるということが可能でしょう
か。私は、それは、大いにあることだと思います。子供が幼いときに父親が亡くなってしまっても、母親
が子供に、父親のことを繰り返し話して聞かせていれば、子供の心に父親のイメージができあがり、そ
の父親のイメージとの関係において、その子供は大きな人格的影響を受けるでしょう。パウロは幼い
頃、母親を通して、ヤハウェのイメージを心の中に形成していったことと思われます。そのようにして、ヤ
ハウェは、パウロが幼児の頃から、彼の心に大きな影響を与える人格神として立ち現れていたのです。
ユダヤ人の家族は宗教的共同体でもありました。パウロの家族も、ユダヤ人特有の祭事を催し、父親
を祭司として家族全員が参加したことでしょう。人間が神の被造物であり、神の所有物であるのに対応
し、子どもたちは父親の所有物と見なされました。子どもを純真とみる見方はユダヤ人の伝統にはあり
ません。
「愚かなことが子どもの心の中につながれている、懲らしめのむちは、これを遠くへ追い出す。」(箴
22・15)
父親の激しい怒りは、神の怒りを想起させます。パウロにとって、父親は、父なる神の縮図でもありま
した。父親は、幼いパウロに十戒を教え、神がイスラエルの民に行った、驚くべきあらゆる事柄を語って
聞かせたことでしょう。こうしてパウロは、前述の「手紙」に書いてあるような、熱心なユダヤ教徒という
アイデンティティ形成の方向性を与えられたのです。
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