『二度生まれの男・パウロ物語』
心というものは実体ではありません。遺伝的な気質や体質をベースとした、自分にとって重要な、意
味ある存在との関係の仕方の、習慣化された形です。パウロにとって、最も重要な、意味ある存在であ
った彼の母親との関係を通して、パウロの心の基本的な形が形成されていきました。
やがて、パウロはしだいに言葉を覚えていきました。言葉は、コミュニケーションの道具というだけでは
なく、周囲の混沌とした現象を分節し、秩序づけることにより、自分の主観的な生活世界を形成していく
のに、なくてはならないものです。パウロが主観的に構成していた世界は、彼にとって客観的な唯一の
現実そのものとして立ち現れていました。そして、その世界は、両親やその他の家族と、また、長じて
は、同じユダヤ人社会の仲間と共有することにより、社会的な現実性を獲得していました。アイデンティ
ティは、そのような世界の中に位置づけられて存在するのです。言い換えれば、人間は、自分が無自覚
的に構成している、自分の主観的な世界の中に住んでいるのです。ただし、同じ社会の仲間とその世
界を共有し、互いに現認(アイデンティフィケーション)し合うことにより、社会的な現実性を獲得しつつ生
活しているのです。
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