『二度生まれの男・パウロ物語』
パウロには、なぜそのような力があったのでしょうか。それは、十字架上で人間の罪を負って死に、そ
して復活し昇天したと聞いていた、イエスに遭遇したという、パウロの原体験が大きいでしょう。パウロ
はその原体験により、「イエスこそキリストである」という揺るぎないクレドーを形成しました。それによ
り、彼がユダヤ教徒の両親の子として生まれ、ユダヤ教徒として育てられたことによって獲得した、ユダ
ヤ教社会の共同幻想である、ユダヤ教文化の世界観・現実定義を内在化した彼の私的幻想が崩壊し
ました。そして、パウロは、「イエスこそキリストである」というクレドーに基づいて新しい彼の私的幻想を
紡いでいきます。ここで、彼がもし、他者との関係をまったく断絶した形で、孤立した私的幻想を紡いで
いったとしたら、彼はおそらく正気の世界には戻ってこられなくなったのではないかと思われます。しか
し、原体験後のパウロには、イエスをキリストと信じる仲間が存在しました。パウロはダマスコにおい
て、アナニヤというキリスト教徒と会い、彼によって「イエスをキリストと信じる者」として、現認(アイデン
ティフィケーション)されました。そして、ダマスコにいたキリスト教徒たちにも受け入れられました。彼ら
との相互現認により、パウロの私的幻想・彼の主観的現実定義が、ダマスコのキリスト教徒のセクトの
中で、社会的現実となったのです。
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