『二度生まれの男・パウロ物語』
人間にとっての世界は、それ自体として客観的に存在しているものではありません。あるのは混沌と
した諸現象だけです。人間はそれを恣意的に切り取り、分節し、意味を与え、秩序づけ、制度化し、そ
れが現実そのものであると思って生活しています。したがって、人間の世界のすべては、関係を通して
形成されたものです。そのように、人間によって作られ、構成された世界は、その世界を所有する社会
に生まれ落ちた人間にとっては、自明の社会的現実であり、物象化された、動かしがたい「呪術の園」
として立ち現れます。
パウロは、「イエスこそキリストである」というクレドーに基づく彼の思想により、ユダヤ教文化社会の
現実定義を突破し、自らの現実定義を提唱します。その、パウロの新しい世界観は、ギリシア語を話す
ことによるギリシア文化の影響、彼の故郷であるタルソでの密儀宗教の見聞なども、その形成に関与し
ていたのであろうと考えられます。そして、その現実定義は、イェルサレムのキリスト教指導者たちとも
異なるものでした。彼の思想は、原体験とクレドーに基づいて、自らが形成したものであることが、彼の
パワーになったのだと思われます。
パウロは、「アンテオケ事件」後、ローマ帝国内の伝道活動で、多くの信者を獲得していきます。そし
て、パウロのキリスト教思想が、ローマ帝国内で、キリスト教徒の共同体を形成し、その中で強固な一
つの社会的現実を形成していったのです。しかし、パウロは、ローマ帝国による弾圧によって、ローマに
おいて殉教して一生を終えることになります。 《 完 》
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