『二度生まれの男・パウロ物語』


 「イエスをキリストと信じる者」という新しいアイデンティティを獲得したパウロは、ダマスコに行きまし

た。「使徒行伝」では、アナニヤというキリスト教徒がパウロを出迎えたと記述しています。そして、パウ

ロはアナニヤに会うと、目からうろこのようなものが落ちて、元どおり見えるようになった、と書いてあり

ます。これは、多分、次のようなことを意味しているのでしょう。

 前述したように、人間の知覚は他の動物を含めて、すべて意味現象の知覚です。そしてその意味現

象は記憶され、無自覚的なものになり、ものを見るときは、記憶された意味現象を経由して見るというこ

とになります。したがって、パリサイ派ユダヤ教徒としてのアイデンティティおよび世界観が崩壊してしま

ったパウロにとって、それまでの記憶された意味現象は役に立たないものになってしまい、知覚が混乱

し、見てはいるが意味あるものとしては見えない状態になっていたのでしょう。

 しかし、キリスト教徒のアナニヤに会うことにより、相互にアイデンティフィケーションが行われ、まった

くの孤独の内に再象徴化を進めていたパウロが、社会性を獲得し、彼の世界観がアナニヤとの間で、

社会的現実となったのです。そして、彼は、諸現象を新しい意味現象として切り取り、分節化して秩序

づけることができるようになり、目からうろこが落ちたように、ものが見えるようになったのでしょう。


       

      
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