『二度生まれの男・パウロ物語』
しかし、パウロの<自己態勢>の崩壊は、徹底したものではありませんでした。彼の<自己>にとっ
て最も重要な存在であった、ヤハウェそのものは否定されていません。このことと、キリスト教徒の集団
が既に存在していたということが、パウロが正気を保ち得た理由であろうと思われます。ヤハウェの存
在が問題になったのではなく、ヤハウェとの関係のあり方が更新されたのです。「イエスこそキリストで
ある」というクレドーを核にして、ヤハウェとの関係のあり方を更新し、「イエスをキリストと信じる者」とい
う新しい<自己>を形成していったのです。まさに、古い<自己>に死に、新しい<自己>に生まれ変
わったのです。
そして、そのクレドーを核にしたパウロの思想は、ローマ帝国内の人々に大きな影響を与えていきま
す。そしてまた、ルターやカルヴァンを通して、近代社会の形成にも大きな影響を与えていくことになっ
たのです。
パウロが神の啓示を受けたという体験は、彼の主観的体験としては歴史的事実であったと思われま
す。その体験以後、パウロは、「イエスこそキリストである」というクレドーを核として、彼の世界観を再構
築していきますが、その世界観は彼の独創ではありませんでした。彼は、翻身以前に、キリスト教徒た
ちが宣べ伝えていた「イエス・キリスト」に関するメッセージを聞いていたことは疑いないでしょう。しか
し、パウロは、彼の原体験とクレドーにより、そのメッセージを超えて、自分の思想を構築していったの
です。
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