『二度生まれの男・パウロ物語』


 また、タルソは、ギリシア人の植民都市として成立した町でしたが、そこには、ギリシア人や現地の人

々の他に、ユダヤ人のように東方から移住してきた種々の民族も居住していました。彼らは、父祖の地

から、彼らの父祖の宗教を携えてやってきました。それらの諸宗教は、ギリシア文化と接触することによ

り、密儀宗教を生み出していました。これらの密議諸宗教は、神の死と再生を中心テーマにしたもので

した。その信者たちは、神聖な儀式において、神との神秘的合一体験のうちに神と共に死に、神と共に

再生し、永遠の命を授けられると信じていました。そして、互いに兄弟としての盟約を結び、教団を結成

していました。

 当時のヘレニズム社会では、ポリス的秩序の中で連帯していた集団が既に崩壊していました。人々

は、ポリス社会における結合を断たれ、アイデンティフィケーション(お互いにアイデンティティを確認し合

うこと)の場を失って無規範・無連帯のうちに孤立し、混迷を深めていました。密議諸宗教はそのような

ヘレニズム社会の人々に、救いの手を差しのべるものとして、特に下層階級の中から信者を獲得してい

ました。密儀宗教の一つであった、イラン系のミトラス教は、後に、ローマ帝国内の思想的覇権をかけ

て、キリスト教と最終的な闘争を展開するのです。

 パウロは、それらの密儀宗教を忌むべき偶像崇拝として、厳しく退けたことと思われます。しかし、密

儀宗教について見聞した体験は、パウロの<自己態勢>の機能によって抑圧・解離されながらも、彼

の心の底に深く刻み込まれたことでしょう。


        

      
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