『爺(じっ)ちゃんからの直伝・文化社会学の極意』

 「ユダヤ教は選民思想を持っていて、ヤハウェによって選ばれたイスラエル民族だけが

唯一神ヤハウェを信仰するという民族宗教だったのだけれども、キリスト教は民族の出自に関係なく、

イエスをキリストと信じることにより、キリスト教徒になれるということで、世界宗教へと変貌したんだ。

キリスト教誕生については、この前話したので、今回は、キリスト教の神の人格神という側面に

焦点を合わせて話してみることにするね。」

 「そもそも、人格って何なの?」

 「人格とは、いろいろな状況において、その人がどのような状況のとらえ方をし、どのような行動を

とったのかという、その人の行動特性によって、その人と関係を持っている人たちが理解している

その人の人物像と、その人自身が自覚している自己像との相互作用によって形成された、ひとがら、

と言えるのではないかと思う。」

 「それは、どのように形成されていくの?」

 「人格とは、要するに、環境世界をどう把握し、周りの人間とどういう関係を持っていくのかという、

その人の関係の仕方のかたちなんだよ。それは、乳幼児期に母親など、その人にとっての重要人物たち

との関係によって形成されていくもので、実体ではなく、ある程度習慣化された関係の仕方のかたちに

すぎないんだ。だから、もともと、人格は不安定なものなんだ。」

 「そのことと、キリスト教の神が人格神であるということと、どう関係するの?」


  

(2018/11/5)

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