『爺(じっ)ちゃんからの直伝・文化社会学の極意』
「渡来系弥生人は、武力で縄文人を駆逐していったわけではなくて、縄文人を水稲耕作文化に取り込
んでいったらしい。」
「どうしてそう言えるの?」
「2014年(平成26年)に、縄文人の核DNAの解析に成功してから、いろいろなことが分かってきた。そ
の一つが、縄文人のDNAの特徴が世界の民族のどこともまったく違うものだということだ。それは、海
流に乗って、いろいろな地域から多種多様な民族が日本列島に入ってきて混血したからではないかと
考えられる。我々現代日本人のDNAが、東アジアや東南アジアの民族のDNAの特徴と比べて非常に
違っているのは、渡来系弥生人がその縄文人と混血したからであると思われる。
そして、現代日本人のDNAの約2割が、縄文人とつながっていることが分かってきた。縄文人が渡来
系弥生人と混血していったのは、縄文晩期は気候が寒冷化に向かい食糧が以前より少なくなってき
て、縄文人も水稲耕作文化を受け入れざるを得なかったからだと考えられる。その過程で、表面的な文
化は、渡来系弥生人の農耕文化が支配的になっていったと思われるけれども、弥生人の精神構造の
深層には、お互いの善良さを信じ合って生活するという、縄文人の心優しい文化が受け継がれていっ
たと推察される。後の、聖徳太子の十七条の憲法には、和という価値を仏教や天皇への忠誠といった
価値よりも上位に置く考え方が示されている。」
「じゃ、渡来系弥生人の農耕文化は、後の日本文化にどのような影響を与えたの?」
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