『爺(じっ)ちゃんからの直伝・文化社会学の極意』


 「その質問に答える前に、ちょっと私の学生時代の話をするね。大学のゼミ合宿で伊豆大島に行った

ときなんだけれども、泊まった民宿は、私たちの人数が多くて部屋が足りず、民宿のお婆さんが使って

いた部屋も使わせてもらったんだ。その部屋には、そのお婆さんの私物が置いてあり、タンスの上には

お婆さんの財布が無造作に置いてあった。私たちは、あまりの無防備さに驚いた。そのお婆さんは、私

たちを信頼しきっていて私たちを疑う様子など微塵もなかった。

 私は、この、人間に対する信頼の心こそ日本文化の核心ではないかと思った。人間の本心は皆、善

であるという考え・性善説が無自覚なほど自明の現実として伊豆大島の社会に浸透しているのを感じ

た。それはもう、宗教と言っていいのではないかと思う。つまり、人間の本心の善良さを無条件に信じて

いる。いや、そのことを信じているという自覚も持たないほど、そのことが当たり前になっている。それ

は、強力な宗教と言ってもいいと思う。」

 「それが縄文時代に形成されたということなの?」

 
     

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