『爺(じっ)ちゃんからの直伝・文化社会学の極意』
「前にダニの話をしたけど、翔太は覚えているかな?」
「覚えているよ。ダニのような単純な動物は遺伝的に獲得した本能で生きているけど、人間は行動の
仕方としての本能は失ってしまったということだよね。」
「その通りだね。人間は本能を失った代わりに文化を形成して生きている。そして、本能を失った人間
の生き方は無限の多様性を持っているはずなんだ。でも、そうならないのは、人間は必ず既存の文化を
持つ社会に生まれるからなんだよ。その子の親は、その社会の文化を自明の現実として無自覚に内面
化している。したがって、その子は親が内面化している文化を唯一の現実として内面化していくことにな
る。つまり、翔太が言う三つ子の魂を形成していくことになる。動物行動学者の日高敏隆(ひだかとした
か)氏はそれを代理本能と言っている。
それは、マックス・ウェーバーが言うエートスという概念と近いと思う。さらにそれは、単に無自覚な行
動の仕方というだけではなく、自分の周りの環境世界に対する自分の解釈、そのような意味での、その
人の世界観に支えられている。自分が形成した世界観ということで、それは私的幻想であると言ってい
いと思う。しかし、その私的幻想は、その社会の共同幻想を吸収して形成されたものなので、それが幻
想であるという自覚は生じない。その私的幻想が共同幻想と齟齬を生じてしまい、自分の頭脳で世界
観を再構築しようとして失敗した人たちが統合失調症になるのではないかと、私は考えている。
さて、日本で、外来思想を換骨奪胎してしまうほど強力な文化が形成されたのはなぜか、という質問
だったよね。私は、1万数千年にわたる縄文時代に形成された文化が、日本の文化の淵源になってい
るからだと考えているんだ。」
「縄文時代に形成された文化って、どんな文化なの?」
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