『爺(じっ)ちゃんからの直伝・文化社会学の極意』
「直方の考えを見ていく前に赤穂事件の事実関係を整理してみようね。実は、浅野内匠頭がなぜ、
殿中で勅使饗応役の指南役であった吉良上野介に切りつけたのかは、よく分かっていない。」
「映画やドラマでは、吉良上野介が畳の表替えや正しい服装などをわざと教えなかったので、腹に
据えかねた浅野内匠頭が刃傷に及んだというふうに描かれているよね。」
「それは、赤穂事件の後、それを題材に芝居が公演されたときに作られたフィクションなんだ。勅使
の饗応役は、各大名が1回行えば、あとはその役は回ってこないのが普通なんだよ。でも、この時は
将軍・綱吉にとって、実の母に高い官位を与えてもらうための大事なもてなしだった。だから、あえ
て、一度経験している浅野内匠頭が饗応役に再任されたのだと思う。彼は、どのようにすれば良い
かは分かっていたんだ。」
「じゃ、どうして自分は死罪になり、藩も取りつぶされてしまうことが明白なことをしてしまったの?」
「さっきも話した通り、それはよく分かっていない。ただ、その時の勅使の饗応は、いつもと違ってか
なりピリピリしたものだったに違いない。綱吉は、母・桂昌院(けいしょういん)に女性最高位の従一
位(じゅいちい)の官位を授けてもらおうと考えていた。だから、勅使饗応役の浅野内匠頭には相当
なプレッシャーが掛かっていたと思う。そして、勅使の饗応役の指南役にはそれなりの教授料が支払
われるのが慣例だった。浅野内匠頭は勅使饗応役は二度目だったので、前回と同じくらいの教授料
でなくてもよいと判断した可能性が高い。それで、吉良上野介に嫌みぐらいは言われたと思う。ピリピ
リした雰囲気の中で張り詰めていた浅野内匠頭の神経が、それによって切れてしまったのではない
かと思う。」
「殿中での刃傷は、やはり浅野内匠頭が乱心したからということなの?」
「その可能性が高いと思う。正気で殺すつもりであれば、切りつけるのではなく、刺し殺さねばなら
ない。でも、乱心であったとしても当時の法律では、殿中での刃傷は本人は死罪、藩は改易と決まっ
ていたので、大石内蔵助たちが主君の恨みを晴らすために吉良上野介を討つというのは筋違いとい
うものだろうね。」
「幕府は、なぜ、大石たちを斬首ではなく切腹という処分にしたの?」
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