中編



「アスマ先生、先日はどうもありがとうございました。」

後日、顔を合わせたイルカにペコリと頭を下げられた。あぁ、別に気にすんなと俺は適当に返した。イルカとの会話から、結局イルカが戻ってきたのは休暇の最後の日だったことを知る。

「そうか、折角の休暇だったのに。...残念だったな。」

そう呟いた俺の言葉は目の前にいるイルカに向けられたものではなかった。残念だったな、カカシ。



あの日。
諦めきれずにその場に居座ろうとするカカシを無理矢理引き摺って、馴染みの店の暖簾をくぐった。
気安い仲の女将にカカシの着替えを頼む。

「飲む気分じゃない。」とカカシは不平を言ったが、俺は聞かなかった。聞いてられるかってんだ!
俺はカカシの胸倉をぐい、と掴んで吐き捨てるように言った。「俺が飲みたい気分なんだ!」

しけた面した男が向かい合って飲む酒は最悪だった。
出し抜けに「いつ、戻って来るって?イルカ先生」とカカシが俺に訊いてきた。
「さぁ......」そいつは聞かなかったな。正直にそう答えると、カカシは酷く落胆した様子で、これだから鬚は、とかなんとか悪態をついた。
ひどく、そわそわしている。何なんだ、一体。

「だって....こうしてる間にイルカ先生が戻ってきちゃってたらどうすんの?」

俺は目眩がした。イカレた奴だとは思っていたが、まさかここまでとは。

「それは絶対ないから安心しろ。」そう言って俺はフン、と鼻を鳴らした。構わず酒を呷る。

「イルカ先生が戻ってきた時、俺が家に居なかったら....」尚も続けるカカシを俺が遮った。

「イルカが悲しむってか?....ねぇだろ、それは。」

痛いところを突くのは俺の得意技だ。そしてそれが俺の思いやりってもんだ。カカシはもっと思い知ったほうがいい。

しかし、カカシの反応は俺の予想を裏切った。

「悲しまないだろうね〜。」カカシはあっさりそれを受け止め、だけど、と恍惚とした表情で言った。

「俺が待ってるとね、イルカ先生がすごく嬉しそうな顔すんの。だから、俺が待っていたいんだ〜よ。」イルカ先生の喜ぶ顔が見たいから。

俺は絶句した。

俺は。

思い違いをしていた。

多分その時俺は最高に間抜けな顔をしていただろう。

「.....この、大馬鹿野郎が。」

やっとそれだけ呟くと、ん〜?何のこと?とカカシが惚ける。それ以上言ってくれるな、そういうことだ。
カカシはわかっていたのだ。最初から思い知っていたのだ。つらい思いをするのは自分だと。
それでも。イルカの傍にいることを選んだ。自分の求めるものには蓋をして。

お節介の虫が疼く。だがそれこそ、馬に蹴られてなんとやらだ。俺は、ち、と小さく舌打ちをした。

「海は無理としても、イルカ先生がはやく帰ってきたら、何処か二人で行きたいな〜。」

カカシが楽しげに、そしてどこか淋しげに呟く。それが近い未来に裏切られることを予想して。


そんなふうに。
浮かれて。幸せそうな顔をして。

カカシの心は絶望の淵にあることを知った。



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