常々気になってはいたが。
とんだ与太話として聞き流していた。
よもや真実とも思われなくて、確かめるのも馬鹿らしく。
しかし、今目の前にいる男はなんとほざいたのか。
俺は危うく咥えていた煙草を落としてしまうところだった。ったく。
俺の目の前にたたずむ男。
そいつの名は、はたけカカシという。天才エリートと謳われ、木の葉でも屈指に数えられる上忍だ。
そいつが緩んだ顔でこう曰まったのだ。
「イルカ先生とオツキアイすることになったんだ〜よ。」
俺は内心頭を抱えた。
阿呆め。
わかっちゃいねえな。
俺は一拍間を置いて、煙草を灰皿にねじ込みながら言ってやった。
「悪いこと言わねえから、やめとけ。」つらい思いをするぜ。最後の言葉は控えめに小さく。
「イルカ先生が?」
「ばーか。お前がだよ。」
カカシが肩を竦めた。聞いていられないという風に。
「忠告は聞いとくもんだぜ。特に、俺のは、な。」そう言ってカカシの肩を軽く叩いた。
「なんでアスマのは、特に、なの?」怪訝な顔をするカカシに俺は思いきり真顔で答えた。
「俺が特別、親切な奴だからだ。」
はあ!?とカカシが素っ頓狂な声を上げ、何いってんの、本気?と鼻で笑う。
放っとけ。俺は友人として言うだけのことは言ってやった。
片恋という毒薬を進んで飲むのはカカシなのだ。
ご愁傷様。俺は心の中で呟いた。
初恋クレイジー
前編
言わんこっちゃねえ。
何でこんな損な役回り。
愚痴ってみたところで始まらない。俺はイルカに教えられた通りの場所へ向かった。
先程から降り出した雨は、その場所につくまでに土砂降りになっていた。
それでもあいつはいるだろう。俺は確信していた。
果たして、あいつは土砂降りの雨の中を、濡れるがままに任せて立ち尽くしていた。
気配で俺が来たのを察しているだろうに、ちらりともこちらを振り向かない。
こちらはイルカに頼まれて来てるって言うのに、なんともバツが悪いではないか。
「なんで鬚なの?」
黙っていると向こうから口を開いた。
「あ〜、」と何故か俺がうろたえる。やってられねぇ。
「悪かったな、俺で。イルカは来ねぇぞ。俺が伝言を頼まれてきた。」
終業間際のことだった。
今日は受付に詰めていたイルカのもとに、年端も行かない子供が転がり込んできた。これ以上もないほど泣きじゃくって。
イルカがアカデミーで受け持っている生徒だった。せんせえ、せんせえ、と必死にイルカにしがみつく。
任務に出ていた両親が事故に遭い重体で、少し離れたその場所まで今からすぐ出発するという。
勿論大人もついていくのだが、それを聞くとイルカはすぐに決断した。
「よし、先生も一緒に行ってやる!大丈夫だからな!」
何がどう大丈夫なのかわからないが、イルカの力強い言葉に、涙で顔をくしゃくしゃにさせながらも、その生徒はこくこくと頷いた。
「そういうわけで、アスマ先生。俺ちょっとすぐに出なくちゃならないんで、カカシ先生に伝言をお願いしたいんですが。」
報告書を提出するために、その場にたまたま居合せた俺が割を食った。何とも間抜けな話だ。
もっと言うならば。俺は知っていたのだ。
カカシがこの日を心待ちにしていたことを。
二人は明日から休暇を合わせて取っていたのだ。二人で初めて遠出をするのだと、興奮した口調でカカシが喋り倒していた。
今日の仕事が終わった後、外で落ち合ってね、
イルカ先生が、まだ今年の夏は海に行ってないっていうから。汽車に乗って。
だから今日の任務は即行で終わらせるから。
ハイハイ、と適当に相槌を打ちながら、こいつはこんなに喋る奴だったのかと驚嘆する。
それどころか、こんなに笑う奴だったのか、とも。
恋は人を狂わせるとは、よく言ったものだ。
だが、悪くはない。
そんなカカシも悪くはないな、と思っていた矢先の出来事だった。
俺が一通り説明するのをカカシは黙って聞いていた。
言いたくはない言葉だったが、イルカに頼まれた言葉なので、もそっともう一言付け加えた。
「この埋め合わせは必ずするから、すみませんって言ってたぞ。」
阿呆め、と思った。
俺の阿呆め。こんなところまでのこのこ来ちまって。
カカシの阿呆め。俺は忠告したのに、言わんこっちゃねえ。
イルカの阿呆め。今日の埋め合わせなんて。今日の埋め合わせなんてないのだ。カカシにとって。
仕方がなかったのは分かる。生徒の傍についていてあげたいという気持ちも。
誰もがきっと理解する。イルカの優しさを。
そして誰もがきっと理解できない。そんなイルカだからこそ好きなのに、それを受け入れられないカカシを。
俺は、気付いていた。
カカシも。
イルカも。
二人は愛に飢えたまま孤独に生きてきたという点でとても似ていた。
カカシはその空洞を愛を求めることで埋めようとし、イルカは反対に愛を与えることで埋めようとした。
ただ致命的だったのは。
カカシはそれを唯一無二の存在に求めることだった。
イルカはそれをあまたの存在に与えることだった。
イルカがカカシを愛しても、イルカは他のものも当然の様に愛するのだ。
そしてカカシはそんなイルカの愛を、全て自分に縛り付けておきたいと思うに違いない。
上手くいくはずがなかった。
「言わんこっちゃねえ。」俺は苦々しく、カカシに向かって言った。
カカシの頬が濡れているのは雨のせいばかりではないようだった。今更無駄だと思ったが、ほらよ、と持ってきた傘をカカシに投げた。
「俺は特別、親切だからよ。」うそぶく俺に、
「意味あるの、これ」と、ぎこちなくカカシが笑った。
全く。
やってられなかった。
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