『二度生まれの男・パウロ物語』


 しかし、ユダヤ教徒としてのアイデンティティにすがりつこうとしていた、その時のパウロにとって、ステ

パノの殉教に遭遇した体験は、<自己>を守ろうとする衝動となり、神を冒涜(ぼうとく)する者たちを罰

するのだという、正義の衣を身につけて、憎悪に燃えたぎりました。

 パウロらのパリサイ派のユダヤ教徒たちは、イエスの弟子たちの集団の中でも、特にヘレニスト(ギリ

シア語を話すキリスト教徒)たちを標的にして迫害を始めました。ヘレニストたちは、イェルサレムを逃れ

て、イエス・キリストによる救い宣教しながら各地に散っていきました。パウロは同志を募り、彼らを追い

ました。神の名において、彼らを抹殺せずにはおれなかったのでしょう。パウロの精神は、異常な精神

状態にありました。パウロの脳内において、ドーパミンの異常分泌と、ドーパミン・レセプターの異常開

放という状態が生じたことと思われます。(この、神経伝達物質であるドーパミンの異常分泌という状態

は、人間に創造力を与えると同時に、抑圧・解離といった<自己態勢>の機能を弱めてしまい、幻聴や

幻覚の原因ともなります。分子生理学者の大木幸介氏は、人間の創造性はドーパミンの活動から起こ

るという「創造性の仮説」を提唱しています)

 そして、各地に散ったヘレニストたちを迫害しつつダマスコの近くまで来たとき、パウロの異常心理状

態は極点に達しました。その時、パウロの耳に、呼びかける声が聞こえたのです。


        

      
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