☆ より豊かに生きるための人間学
より豊かに生きるためには,人間や社会について,できるだけありのままの姿を知っておく必要があるでしょう。そこでまず,人間につ
いて考えていきたいと思うのですが,人間について考える前に,人間の生き方と比較する意味で,ごく単純な動物の生き方について,み
ていきましょう。動物行動学者のユクスキュルは,『生物から見た世界』という著作の中で,森に棲むダニの生態を紹介しています。
それによると,このダニは,目も耳もなく,かすかに体全体で光を感じる全身光覚と呼ばれる感覚と,触覚,嗅覚,温度感覚を持って
います。このダニの雌は,交尾後,卵に栄養を補給するために,動物の血を吸わなければならないのですが,目も耳もないダニ,どのような
方法で動物の血を吸うのでしょうか?ダニは,全身光覚と触覚を使って,森の中の灌木の小枝まで進み,その小枝の先にぶら下がります。そして,小枝の下を動物が通る
のを,待ち続けます。運よく動物が下を通ったとき,動物めがけて落下するわけですが,目も耳もないダニが,どうして「動物が来た!」
と,わかるのでしょうか?哺乳類の動物は人間も含めて,体から酪酸という物質を発散しています。ダニは,嗅覚を使って,その酪酸匂いをキャッチして落下
するのです。酪酸の匂いという特定の刺激が,「落下せよ!」という信号の役割を果たしているのです。このように,特定の刺激に対して
,特定の反応をするように,生まれつき,遺伝子情報として,プログラミングされているわけです。このような,遺伝的に獲得した行動の
仕方が,「本能」と呼ばれているものです。落下してから,動物の毛をかき分けて,皮膚までたどり着く行動や,血を吸う行動,血を吸ったあと,地面に落下して卵を産む行動な
ど,一連の行動が,それぞれ,特定の刺激に対する特定の反応として,プログラミングされているのです。つまり,ダニは,「本能」にし
たがって生きているのです。それでは,すべての動物が,「本能」だけで生きているのでしょうか?-2-