長野市立西部中学校での歩み(その8) 「心に残ったこと」(その5)
生きがいNO:11

平成20年12月31日(WED)

日本経済が低迷し
ている昨今ですが、
来年も良き年になる
ようにお互いに頑張
りましよう。

昨年度の12月26
日にスキー可能に
なる雪が周りの山々
に降りました。しかし
不景気のためにスキ
ー客の出足が遅い
ようです。平地では
約15p程度です。
 

 「三四会」の生徒はもう52歳と53歳です。
 私も前期高齢者の入口に来ました。何とか元気
にやっています。

 3年前にゴルフに参加できなかったが、慰労会に湯田中温
泉まで来て皆と一緒に泊まり,飲みながら語り合ったKN君。
昨年度は一緒にゴルフをする約束でしたが、仕事の都合で
できなくて残念でした。中学時代から「○○、○○」と言われ
て皆に好かれていまいました。4人兄弟の次男ですが親の
面倒をよく見ています。中国に単身赴任していた時もいつも
奥さんと一人息子のことを気にかけていました。本当に心根
の優しい子です。


 
中学時代からいつもにこにこしていて皆に好かれていた
OK君今では何人かの社員を抱える社長です。人の心を傷
つけるようなことは絶対に言ったことはありません。彼の両
親もそうでした。彼のような下で働く社員は毎日気持ちよく
働いていることでしょう。ゴルフでもいつも下手な私に気を
使ってくれています。


 

 コツコツと一生懸命に自営業の仕事をされる職人気質の
お父さん、それを支え、思ったことをにこにこしながら言わ
れる元気なお母さん。(今はもう他界されましたが)「先生
うちんのは家の仕事を継がせませんから、どんどん厳しく
絞ってください。」といつも私にぽんぽん言っておられました。
 そんな環境の中で育った一人っ子のFT君でしたので母親
ににて友だちや私にぽんぽん言いますが、人の心を傷つけ
るようなことを言わないので皆から好かれていました。今は
新幹線に乗って高崎の職場に通っている家族思いの父親
です。

 個性の強い生徒がいて今でも強く印象に残っています。子ども
は兄と姉と次男の彼の3人です。姉にも数学を教えました。姉
はよく勉強をし素直ないい子でした。

 彼のことで家庭訪問をする必要があり、彼が部活動やってい
る時彼の家を訪ねました。ちょうどお父さんが勤務明で家にお
られました。私が話を切り出す前に「先生、KNは理屈っぽくて
困ります。先生の言うことを聞かなかったら、打ん殴ってくださ
い。話はこれくらいにして一杯やりましょう。」と言われ二人で
飲み交わし姉とKN君の進路の話やあ互いの職場のことなど
で盛り上がりました。そこへKN君が帰宅しニヤッとして自分の
部屋にいきました。


 注意したりすると彼
は納得するまで、口から泡を飛ばしなが
ら問いただすのです。ある時私が我慢できなくなり殴ってしま
いました。すると殴ったことの理由をまた問いただすのです。
それが永遠と続くのです。
 そんなKN君ですが、納得すると後は何も言いません。また
私を支えてくれたことが何度もありました。また親やきょうだい
思いでした。
 ゴルフをしないのですが、反省会の飲み会には必ず出てき
て、飲みながら相変わらず口から泡を飛ばして話しかけてき
ます。


 平成21年の1月も続きます。よろしく。
よいお年をお迎えください。
 三人兄弟の次男であるHR君は、几帳面な性格で親思い
でした。勉強や掃除、生徒会の仕事、部活等すべてに真面
目に取り組み、非の打ち所が無く、私は3年間一度も彼に
注意したことがありませんでした。
 父親を高校の時になくしましたが、その悲しみを乗り越え
て勉強に励み、現在は自分で選んだ仕事に真面目に取り
組み、よき父親になっています。

 私が自分の勤務した学校で心に残ったことをホームページ
載せていたのですが、西部中学校の学校要覧が必要になり
家中探したのですがありませんでした。退職したときに生徒
のプライバシーに関する資料は焼却したのでその時に一緒
に焼却してしまったのでした。そんなとき平山君なら保存して
いるだろうと思いすぐ平山君に問い合わせました。暫くして彼
から電話がきて、彼のお母さんが中学2年と3年の学校要覧
を保存しておられたとこと。彼に「先生に差し上げなさい」と言
われたのこと。彼はすぐ送ってくれました。本当に助かりました。