小 説 三国史それから (13)-主従 2- by あき よしき

この物語は,フィクションです。

主従2 オウキは更に言った。
「夫餘の民が使えましょう。」
「夫餘か。」
「はい,夫餘は邑婁ともとは同じなのですが,邑婁が東海側にあり, 海の幸,貿易の利益を得ているのに対し,夫餘は白山中に暮らし,長 らく邑婁の圧迫を受けてまいりました。おそらく,心するものがある でしょう。」
「いかように。」
「わが軍勢を見せ,魏との連合による利益をもって誘い,我が君, カン丘倹殿の親書があれば・・」
「動くと申すか。」
「勇猛果敢にあれば・・・・」
オウキの胸に勝算はあった。
東川は力をもって周辺諸国を侵していた。その野望はあきらかだった。
東川は明らかに中原を目指していた。
それは,身をもって経験したオウキにとっては忌むべきものだった。
我が領土を荒し回る北方の騎馬民族東川。
対する思いは夫餘とて同じであろう。
「私に数千の兵をおあずけください。」
「うむ,三千ではどうかな。」
「十分です。」
オウキは三千の兵を引き連れ,吉林を目指した。
夫餘の征服は思った通り容易だった。
軍備の整った中央軍の前にたいした抵抗もなかった。
それ以前にオウキの説得が功を奏していた。
夫餘の事情はオウキの思った通りだった。
オウキばカン丘倹に使者を送った。
「カン丘倹どの,夫餘においでください。土木事業隊のことお忘れなく。」
使者はこう,口上を述べた。
「ふむ,簡単だったな。」
カン丘倹は軍を出発させた。

しかし,夫餘からの行軍は困難を極めた。
沢に沿って人一人通れる道がかろうじて続いていた。
ところどころにある切れ目は木を伐採,道を作り,橋を架けた。
食料を運ぶ荷馬がつらそうに悲鳴を上げた。
人々は滑り落ちそうになる軍馬を肩で支えた。
オウキは思った。
果たしてこの行軍,有効なのか。丹東平原での真正面きった戦闘で 十分ではなかったか。
それほど山道は険しく,細く人々は辛さにうめき声を上げそうになった。
しかし,夫餘の民は寡黙だった。黙って歩いた。
カンとは違う,平原で育ったカンとは違う,山の人々だった。
彼らは,悲鳴ではなく,なにかを唱えていた。
歩くリズムに合わせて何か唱えていたのだが, カンには全く理解できないことばだった。
オウキに尋ねた。
「彼らは何を唱えているのだね。」
「たぶん,仏教教典の一種だと思います。」
「巫術者か?」
「いえ,それとは違います。山には我々にはわからぬ,おそろしい 神がいるようです。」
カンは数十年前に対峙した五斗米道の人々を思い出していた。
皆,黄色い布をかかげて歩いていた。
それらの人々は切っても切っても,後から後から湧いてくるのだった。
それらの人々をバックに公孫淵親子は燕を立て,魏に反抗してきたのだった。
そして,黄色い布をかかげた巫術者はいたるところにいた。
彼らの武器は祈りのことばだった。
カンには全く理解できないことだった。


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