よしきは車に揺られながら,いましがた終わ
った組み手のことを思い返していた。
一瞬一瞬が,大きくテレビ画面のように,鮮
やかに蘇るのだった。
特にデソーザの瞳が記憶に残った。
再び彼の脳裏に映し出されたデソーザの目は
必死の目だった。しかめた眉毛が怒りに似た
デソーザの思いを彼に訴えて来た。
「怒りじゃないな。」
彼は,思わず呟いていた。
(う〜ん,仁王さんのような)
運慶の彫った,仁王像が目に浮かんで,彼は
思わず苦笑した。
(でも,肩が詰まりすぎだわ。)
動きの固さが,デソーザの欠点だな,と漠然
と彼は考えていた。
(それにしても,なぜ,取ってくれなかったの
だろう。俺的には,決まったと思ったのに。)
自分を正当化しすぎて,よしきには,自分自身
が見えていないようだった。
(もしかしたら、デソーザの方を買っているん
だろうか。)
よしきは窓の景色を眺めた。
(真ん中を取られた。)
真ん中を占められた時,デソーザの体全体から
感じられる圧迫感が思い出された。
次第に追い詰めれて,行き場所を失った。追い
詰めれて勝負に出た,というのが本当のところ
だった。
(しかし、的は大きかったな。)
道場で汗を流すブラジルの青年たちを思い浮か
べ,日本人にはないエネルギーに,何かしら自
分の国には無いものを感じていた。
よしきは今まで「国」のような観念を持ったこと
がなかったが,ま近に外国から来た人達を見て,
実際に戦ってみて,そんなような考えを抱いた
のだった。
(でも、デソーザにしても日系だしい。)
自分で自分を,納得させようと試みた。
また別に,日本という民族のひろがりを漠然と
感じた。
よしきは,広がって行く技術,技の中に自分の
国を見たような気がしたのだった。