そこではブラジルから出稼ぎにきた青年たちが、汗
を流していた。故郷では牧場の経営者の息子であり、
その牧場の広さは愛知県ほどになるという青年もい
た。馬で牧場を回るのに一週間もかかるという。
よしきはその男の話を聞きながら、規模の大きさに
面食らってしまった。工場で手作業をする自分が
惨めに思えた。以前、本で読んだ空手武者修業の話
が思い出された。
「よしき」、
「デソーザ」
二人の名前が、宗家に呼ばれた。
「組手をやる、用意せい。」
おっと思った。互いに視線を交わした。二人とも内心,
手合わせしたいと望んでいた。
帯の色で始めてからそう間が無く、違いの無いことが分
かった。それだけに、互いに試してみたいという気が走
っていた。
よしきは、相手の視線を外した。
別に臆していた訳ではなかった。
読まれるのが嫌だった。
目を合わせれば、読まれる、そんな気がした。
ただ、それだけの話だった。
やるぞ,と思って開始線に進んだ。
「お互いに、礼。勝負、始め。」
師範の声がかかった。
すっと右構えを取った。
(居着くな。)
それが、よしきの思いだった。
目を合わせると、デソーザは怖い目をしていた。
身長差はあまりないはずなのに、まるで岩の塊のよう
に思えた。
「ちっ」
よしきは心の中で小さく舌打ちした。
デソーザに中心部を陣取られ、ジリジリとよしきは角
に追い詰められた。
追い詰められれば動けなくなる。
「ちぇすとぉ」
「てやぁぁ」
切り裂くような気合いが道場に響いた。