(6)



「どうかしましたか、イルカ先生。」カカシが怪訝そうな顔をする。

頭の端では、何か答えなくてはとイルカは思うのに、思考が上手くまとまらない。カカシから目を離すことが出来ない。

スッと通った鼻梁。端正な薄い唇。
そして何よりも特徴的な、左目を縦に大きく走る傷跡。
左目は閉じられていたが、きっとその瞳は焔の如く、燃えんばかりに赤い色を湛えているのだろう。あの男と同じように。

「目を....」

イルカはからからに渇いた喉の奥から、声を絞り出すようにして言った。

「目を、見せてくれませんか?」

訝しげにしていたカカシが思わず相好を崩す。

「あぁ、コレね!写輪眼に興味がありますか。いいですよ。イルカ先生になら特別に見せてあげます。」

あっさり承諾すると、カカシがクイ、とイルカのほうへ顔を突き出すようにした。
ゆっくりと、目蓋が開く。
その様子をイルカは固唾を飲んで見守った。
惜しげなく晒されたその瞳は、イルカが予想した通りの色をしていた。

そうか。これが写輪眼か。あの瞳は写輪眼だったのか....

あの男の瞳をはじめて見た時、なんと不思議な瞳だろうと思った。赤い炎の中に三つの雷が宿っている、異形の瞳。青い色をした冷たく澄んだ右目とは対照的に、赤々と燃える左の目は男の中に潜む狂おしいまでの欲望と情熱とを映しているようだった。あの瞳は写輪眼だったのだ。

写輪眼。イルカはその存在を勿論知っていたが、実際にその瞳を見たことは無かった。
それなのに。カカシの写輪眼はあの男の瞳そのもではないか。いや、それどころか。カカシはあの男そのものではないか。
偶然の一致として容易に片付けてしまえる程度の問題じゃなかった。

かつて、カカシと何処かで会ったことがあるのだろうか。
俺は忘れているけど。
深層意識に沈んだカカシの記憶が、あのように夢の中で形を成しているのではないだろうか。

イルカは漠然とそう考えて、いや、と頭を振った。

そんなことはありえない。
カカシのような目立つ人物を憶えていないはずはない。ましてや、特異なる写輪眼なぞ。

そこまで考えて、イルカはふう、と詰めていた息を吐き出した。
いくら考えたところで、この奇妙な出来事が解明できるとは思えなかった。
世の中は不思議なことがある。そう思うしかないじゃないか。
それに。
いくらおなじ形をしていてもあの男はカカシじゃない。
カカシはあの男じゃない。

同じ形だからこそ、気付いた。
イルカが好きなのはあの男で、カカシではないのだと。

「もういいんですか。もっとよく見ていいですよ。」視線を外したイルカにカカシが促す。

「いえ、あの。....もう結構です。ありがとうございました。す、すみません。」

突然、自分がとんでもなく不躾なお願いをしていたことに気付き、イルカは悄然として首を垂れた。

「いいえ〜。」言いながらカカシは、フフ、と何か思い出し笑いをした。

「なんですか。」

「いえね、なんだか初めて会った時から、イルカ先生にじろじろ顔を見られてるなあと思いまして。急に可笑しくなったんですよ。」

クックッ、と肩を揺らしてカカシが尚も笑う。イルカは自分の行いの恥ずかしさにカアッと顔を赤らめた。

「すみません、お、俺....。」

「イルカ先生、そんなに俺の顔に興味があるのかな〜、と。不思議に思っていたんですけど、写輪眼に興味があったんですね。」

何気ないカカシの発言にイルカの身体がピクンとはねる。

「いや、違います!俺、そんなわけじゃ...!写輪眼のせいじゃ、ないんです!」

勢いのある即座の否定に、カカシも驚いたようだったが、イルカも驚いていた。そういうことにしておけばよかったのに、何言っているんだ。
じゃ、どういうわけなんだと訊かれるに決まってる!

カカシの顔が急に真剣なものになる。

「それじゃあ、」

ほら、やっぱり訊かれる。ああ、馬鹿だ俺。イルカは自分に呆れた。なんて言い訳するつもりだ?
しかし、カカシの次の言葉はイルカが予想していなかったものだった。

「俺のこと、好きなの?」

は?

へ?

イルカは豆鉄砲をくらった鳩のように間抜けな顔をしていた。カカシ先生のことを、好き?俺が?

「ええええええええ〜〜〜〜〜〜っっっ!?」なんじゃそりゃあ。

「ちがうの?」あからさまに落胆した声でカカシが尋ねた。

「いや、あのっ.....」誤解されて当然だった。俺はあの男を見るような目で、カカシ先生を見ていたのだから。

「あの?」

「カカシ先生が、お、俺の....す」

「す?」

「す、きなひとに...似てるんです....」

言って、しまった。


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