(5)


その機会は案外早くやってきた。





カカシの顔が見たい。
イルカの瑣末な欲求は日毎にどんどんと膨らみ、最近はそのことばかり考えていた。一体どうしたものか。
気のせいでなく、カカシは夢の中の男に似ていた。似てるなんてものじゃない、酷似しているとイルカは思う。
勿論、カカシが夢の中の男ではないと、ちゃんと頭では理解している。
いるのだが、自分が心惹かれている件の男と、そっくりの人物が目の前にいるのだ。しかも現実のものとして。
気にならないわけがなかった。
最近は見当違いにも、カカシに対し親しみのようなものさえ感じてしまう。
あの男じゃないのに。


今日もカカシが任務報告に受付所にやって来た。そして、さも当然の様にイルカの列に並ぶ。カカシの方もイルカに親しみを持ってくれているようで、任務報告の際には必ずイルカの列に並び、2、3言葉を交わしていくのだ。

「コンニチハ〜。これお願いします。」カカシの番になった。

イルカは素早く書類に目を通し、過誤がないのを確認すると、「はい、結構です。任務お疲れ様でした。」と顔を上げて、満面の笑顔を作った。

やっぱり似てるよなあ。

我知らず、イルカは意味ありげな瞳でカカシの顔をしげしげと見つめる。その時、カカシが少したじろいだのが分かった。イルカがハッとして我に帰ると、カカシが落ち着きなく目線をキョロキョロさまよわせていた。イルカがあまりに見つめるので、何処に視線を定めたらいいのか分からずに、困っている風だった。

しまった。

イルカは慌てた。

またやってしまった!

何かこの場を取り繕わねば、と忙しなく頭を働かせる。

「いや、カカシ先生って男前だなあ、と思って。」羨ましいなあ、ははは。

言ってしまってから、サアと血の気が引く。何言ってんだ俺。言うに事欠いて、なんてまた軽薄なことを....!あわあわしていると、カカシが一瞬驚いたように目を見開き、その後フ、と笑った。

「そうですか?イルカ先生にそう言われると、すごく、嬉しいです。」

ニコニコと笑顔の大安売りだ。そのカカシの笑顔が心なしかうっすらと、朱に染まっているようであった。口布の所為で今一つ判然としないけれども。それを見てイルカは「カカシ先生って意外と照れ屋なんだなあ。」と内心ほほえましく思った。どうなることかと思ったが、結果として、うまく誤魔化すことができたようだった。よかった。イルカもニコニコと笑顔を返す。提出待ちの列が長くなってきた。カカシの後に並んでいる中忍らしき姿が、痺れを切らして訴えるような視線をイルカに投げる。そろそろ潮時かな。

「それじゃあ、カカシ先生...」徐にイルカがそう言いかけた時、カカシが早口で遮った。

「イルカ先生、今晩飲みにでも行きませんか?何か予定とかありますか?ダメ、ですか?」

そのあまりの勢いにビックリして、イルカは思わず「ダメじゃ、ないです。」と答えてしまった。
途端にカカシの顔が喜びで輝く。

「じゃあ俺、終業の頃になったら迎えにきますから。待っててくださいね!」

何度もしつこく念を押すカカシに、後方の列は途方もないことになっていた。残業にならなかったら、ですけどね....そう力なく呟いたイルカの声がカカシに届いたかどうか。




そういう理由で、今イルカはカカシと向かい合って杯を傾けているのだった。
ああ、落ち着かない、とイルカは尻をもぞもぞさせた。
高級割烹の広々とした個室(庭付き)に、エリート上忍と二人きりというこの状況。既に自分の範疇を超えた状況だ。

迂闊にのこのこついて来ちゃって....浅はかだよなあ。あ〜、緊張する....。

いくら親しみを持っているとはいえ相手は上忍、何か粗相があったらと気が気でない。イルカは嘆息した。

「どうしたんです?溜息なんかついちゃって。何か気に入りませんでしたか?」カカシの声にイルカは慌てて、ぶんぶん首を横に振る。

「いや、なんか俺こういうところ初めてでして...き、緊張気味で。」

「それなら飲みましょ。飲めば気も解れますよ〜。」そう言ってカカシがイルカのお猪口に酒を注ぐ。

「そうですね。すみません。」恐縮しながらイルカは勧められるがままに、お猪口に口をつけようとしてはっと気付く。

今度は俺がカカシ先生に酒を注ぐべきでは!?

「カカシ先生...!」とカカシのほうを見遣って、イルカは硬直した。



カカシが何時の間にか額当てを外し、口布を下げていた。


見たかった、

カカシの素顔が。

無防備に、さらされて。


イルカは動けなかった。心臓が早鐘のように激しく脈打つ。



目の前にいるのは、夢の中の男だった。





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