(12)


今何時だろう。

眠りからゆっくりと覚醒しながらイルカは思った。なんだか目を開けるのが億劫なほど疲労していた。
深酒のせいか頭もガンガンする。

でも、仕事に行かなくちゃなあ。

二日酔い程度で仕事を休むわけにはいかなかった。二日連続でカカシと飲みに行って、仕事も少々溜まっている。
布団の柔らかな心地良さに名残惜しげに別れを告げ、イルカはえい、とばかりに身を起こした。
その瞬間イルカの下半身に鈍痛が走った。それどころか、身体の節々までぎしぎしと痛む。

....っつぅ!なんだよ、この痛み。

突然の痛みに詰めた息をフーと吐き出しながら、イルカは重い目蓋をこじ開けた。
そして、今度は固まったまま動けなくなった。ヒヤリと背中に冷たいものが走る。

本棚に使い古した木の机、趣味の悪い壁掛け。イルカの目に映る、全く見覚えの無いものたち。

....ここ何処だよ?

現状が把握できなくて暫し呆然としていると、イルカの傍らで何かがもぞりと動いた。
イルカがハッとして視線を遣ると、銀髪の男が眠気眼を擦りながら、こちらを覗いていた。あまりのことにイルカは息を呑んだ。
その男はカカシだった。なんとカカシは全裸だった。それだけならまだしも、イルカ自身もまた真っ裸だった。

裸でひとつの布団に包まる男二人。ありえねえ!!

イルカは叫びそうになる口を慌てて押さえつけた。まだ何かあったって決まったわけじゃない、落ち着けイルカ!と気休めのような励ましで自分を慰める。本当に気休めだった。

「おはよーございマス、イルカ先生。」

カカシは呆然とするイルカをまた布団の中に引き戻して、チュ、と優しく鼻先に口付けた。蕩けそうな笑顔でイルカを見つめる。
そんなカカシとは反対にイルカの顔は大きく歪み、身体は強張ったままだった。

あああああぁぁぁ〜〜〜〜!!やっぱり!!やっぱり俺はっ、昨日カカシ先生と....!ゆ、夢の中の男と間違って!!こ、これは浮気っていうのか?いやそれよりも、カカシ先生、俺のこと好きっていってなかったか!?

イルカの頭の中は混乱でショート寸前だ。もう、どうしたらいいのかわからなかった。あまりの事態に抵抗さえも忘れていた。そんなイルカをカカシはそうっと抱きしめた。

「好きです、イルカ先生。あなたは知らないだろうけど、もうずうっと前から。でも俺とあなたとでは住んでいる世界が違いすぎて。」
俺なんかが、あなたに触れちゃいけないだろうって。
遠くから見ているだけで満足でした。満足しているつもりでした。

でもねえ、とそこで一旦言葉を区切ってカカシは続けた。

「ナルトを担当するようになってからは、欲が出てきて。あなたに近づいていい正当な理由ができたから。そうしたら自分の中の箍が外れたんでしょうねえ。毎夜あなたの夢を見るようになった。夢の中で俺は散々あなたを好きにしました。最初のうちは夢中だった。だけど。」

イルカの混乱する頭は今は鎮まって、カカシの次の言葉を待っていた。
カカシが何かを自分に伝えようとしていた。そしてそれはなんとなくイルカの求めている答えの様に感じられた。
イルカの心臓が煩いくらいにばくばくと鳴った。

「だんだん虚しくなってきて。いくら抱いても夢の中のあなたは所詮夢であって、現実ではなかったから。夢の中のあなたが愛の言葉をくれてもつらいだけだった。あなたに好きな人がいるって聞いてたから、余計に。」

そんなまさか、とイルカは思った。身体の震えが止まらない。
「まさかそんなことが。」気がつくとイルカはそう声に出していた。
そんなイルカを宥めるように、カカシはイルカの頬を優しく撫で上げながら言った。

「俺は夢だと思って蔑ろにしていたのに、あなたはそんな夢を大切にしていてくれたんですね.....」

あなたは気がついていたのに。
俺は気がついていなかった。
昨日あなたの口から聞かなければ、今も気付いてなかっただろう。
夢という虚構の中にある真実に。

あなたは伝えてくれていたのに。
気がつかなくてごめんね?

「夢の中の男は俺です。俺だったんです。」そう告げてカカシはイルカの唇に口付けを落とした。


愛してます、イルカ先生。


イルカは溢れ出す思いに胸が一杯で言葉にならなかった。ただただ、カカシにきつく抱きついてそれに応えた。
この世界で、絶対に手に入らないと思っていた、とても欲しかったもの。
愛しくてたまらなかったもの。
それが二度とすり抜けて行かないように。



夢が、現実に変わる瞬間だった。



                           終

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