(11)


ぴちゃぴちゃという水音が聞こえた。
水音の合間に、んふぅ、はっ、ふ....という艶やかな喘ぎ声が混じる。

隣の部屋の奴、誰か連れこんでるのかな。壁が薄いって嫌だよな。
ああ、喉が渇いたな。でも起きるの面倒くさいな...

イルカは混濁する意識の中で、ぼんやりと思った。いいや、もうこのまま寝てしまおう、そう決心した時、洒落にならない刺激を下半身に感じた。

「あっ、やぁっ....!」

一際大きな嬌声が上がるのを、イルカはすぐ近くで聞いた。それもそのはずだった。その声はイルカのものだった。引っ切り無しに聞こえていた艶やかな喘ぎは、全てイルカの溢したものだったのだ。

イルカはその事実に「ええっ!?」と内心叫んで、慌てて重い目蓋を抉じ開けた。

目に飛び込んできたのは。豊かな銀髪....が、イルカの腿の間に埋まっている光景だった。イルカが起きたことに気付くと、その頭がゆっくりと上げられた。欲を孕んで赤々と燃える異形の瞳。切なく寄せられる眉。あの男だった。ああ、また夢の世界に来てしまったのかとイルカは納得する。

いつの間に寝こんだのか。それよりも以前に、どうやって家まで帰った来たのか。全く記憶に無かった。
こんなに泥酔してしまって、カカシ先生はどうしたんだろう。呆れて帰ってしまったのかな。それともカカシ先生が送ってくれたのだろうか。
ああ、肝心の事を訊けなかったな。馬鹿だ、俺。

酔った頭でボンヤリ考えていると、男がその思考を遮るように、激しくイルカ自身を口で弄った。舌で擦るように舐め上げては先端をきつく啜る。
きつく啜っては容赦なくその先端に舌先をねじ込む。その刺激にイルカの下半身は甘く痺れ、ばらばらになりそうだった。吐精の予感に腰を引こうとするイルカを許さず、男は後から腰を押さえつけてより深くイルカ自身を咥えこんだ。

「あああぁぁっ....!」

イルカは堪らず前を弾けさせた。男は躊躇うことなくそれを受け止め、イルカが最後まで吐き出してしまうまで口を離さなかった。イルカの体が吐精の余韻でヒクンヒクンと跳ねるのを、男は優しく宥めた。イルカを抱きしめ、背中を撫でながら豊かな黒髪に口付けを落とす。

昨夜は俺を拒絶したのに。乱暴に俺を組み敷いたのに。
今夜は会いたくなかった。怖かった。また傷つけられるのではと思った。
それなのに男の手はこんなに優しい。押しつけられる肌はこんなに暖かい。

うっとりと男に身を委ねていると、男の唇がイルカの目蓋に降りてきた。唇は鼻先や頬を通ってイルカの唇まで辿り着いた。唇を啄ばむような口付けが次第に深さを増す。施される甘やかな口付けに身体を痺れのようなものが走る。男は名残惜しげにゆっくりと唇を離すと、切なく揺れる瞳で告げた。

「好きです、イルカ先生。」俺を好きになって。

愛の言葉を紡がれているというのに、イルカの胸が嫌な予感にドキリと鳴った。また同じ事の繰り返しだ。また俺は拒絶されてしまう。
いっそ男の言葉に応えなければいいのに、と自分でも思うのに。
その甘やかでいて何処か哀しく切ない響きが、イルカの心を掻き毟るのだ。
だから、イルカは応えずにはいられない。例えそれが徒労に終っても。伝わるかもしれないと僅かばかりの期待を胸に抱いて。

イルカは苦笑を浮かべながら自分の胸に男の頭を掻き抱いた。

「俺も好きですよ。」
昨日も言ったのに、あんたは聞いてはくれなかったけど。俺の言葉は要らないのかもしれないけど。

そう告げると、イルカの腕の中で男の身体がビクンと大きく震えた。

伝わっただろうか。それともまた俺の言葉は届かなかったのだろうか。

「イルカ先生....」男が掠れた声でイルカの名前を呼んだ。。

「はい。」

「俺のこと、好きって...?」

「はい。」イルカは胸にじんわりと込み上げてくる感情に泣きたくなった。伝わったと思ったからだ。イルカの思いが男に届いた、と。

「好きですよ。」だから今日はあんたじゃない、なんて言わないで下さいね。


そう言ってイルカは男の銀の髪に優しく口付けた。男がいつもそうしてくれるように。



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