(10)


よもやまたカカシと飲むことになろうとは。

自分で誘っておきながら、イルカはその状況に馴染めないでいた。
馴染めないといえば。イルカは隣の席に座るカカシの様子を窺がった。イルカの視線に気付いて、カカシがニッコリと笑う。イルカは慌てて目を伏せた。伏せてしまってから、今の態度はよくないんじゃないかと自責する。

そうなのだ。この距離がいけない。カカシとの距離が近すぎるのだ。

イルカのいきつけの大衆居酒屋が混雑していたので、テーブル席ではなくカウンターの端っこに腰を下ろすことになったのだが、元々小さい店の小さいカウンターなので、隣がとても近いのだ。特に大の男が二人肩を並べるには少し窮屈だった。

「あの、すみません。」イルカが申し訳なさそうに小さく言うと、
「え、何がですか?イルカ先生。」とカカシがイルカの顔をのぞきこむ。カカシの顔が不自然なほど近くにあった。

うわ、とイルカは焦った。だから、この距離が。ああ、もう。

「テーブルが空くまで待ってたほうがよかったみたいですね。それよりも違う店をあたったほうがよかったかなあ。」狭いですよね、ここ。イルカはカカシの視線を避けるように、あらぬ方角を見ながら言った。我ながら態度が不自然過ぎると思った。失礼過ぎるとも。
なので、イルカは意を決して、なるべく自然を装いながらカカシのほうに顔を向けた。

カカシがイルカを見つめていた。イルカと視線が絡んでも逸らすことなく見つめ続けながら、カカシは楽しそうに言った。

「いいえ。俺、ここがいいです。イルカ先生のいきつけのお店で二人でカウンターなんて、すごく親しい感じがして嬉しいです。」今日は誘っていただいてありがとうゴザイマス。

ぺこりと下げられる頭にイルカは狼狽した。

「とんでもない、こちらこそっ!昨日の今日で誘ってしまって、よく考えるとご迷惑ですよね...。」言いながら、そうだよなあ、迷惑だよなあ、とイルカは思った。昨日も一緒だったのに今日も付き合わせて。しかも俺みたいな野暮ったい男と連日だなんて、嫌だろうなあ。昨夜は俺が八つ当たり気味で帰り際気まずかったし。俺だったら断るな、絶対。

それなのに。カカシは頷いてくれたのだ。
それなのに、俺はどうしても誘いたかったのだ。そして確かめたかった。

あの言葉が。
あの唇の感触が。

夢だったのか現実だったのか知りたかった。
何故なら。イルカを眠りから覚醒させたあの言葉は。あの声は。

あの男のものだったからだ。

夢ならば然も有りなん。
だが、もしあの言葉が夢ではなく現実のものだったら。現実だったとしたら?

でも、それをいつ訊こう。どうやって訊いたらいいのか。それが問題だった。

酒だ!とイルカは思った。酒の力を借りるしかない!何かおかしな具合になっても、酔っていたということで片付けられるしな、と少し卑怯な気持ちがそれを手伝う。

「カカシ先生、今日はじゃんじゃん飲みましょう!」
俺は飲みますよ!
イルカの気迫に驚きながら、はあ、とカカシが気の抜けた返事をした。




そうして機会を窺がいながらじゃんじゃん飲んで、それでもまだ訊けなくて、更にじゃんじゃん飲んで。
どんどん、どんどん悪戯に杯を重ねていくうちに。

当初の目的は何処吹く風か。
イルカは訊くどころではなくなってしまった。

うわ、俺やばいな...

混濁していく意識のなかでイルカは自分に舌打ちした。



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