夢の続き

(1)


「やめろおーーーーっっっ!!!!」
イルカは自分の叫び声に驚いて、眠りから覚醒した。ガバリと起き上がると、忙しなく辺りをキョロキョロ見渡す。
誰も居ない、いつも通りの自分の部屋。それを確認するとイルカは脱力した。

.....ゆ、夢か。し、しかし、なんちゅう夢だ......!!

イルカは夢を反芻して一人で赤くなったり蒼くなったりした。あんまりな内容の夢だった。
夢には自分の願望が現れるというが、断じてそんなことはない!
俺はっ、俺は!変態じゃない!!絶対違う!....と思う。.....けど。

欲求不満なのかな、俺...

イルカは泣きそうだった。下履きの中でぬるく滴っている、ソレの感触に。
―――――イルカは夢精していた。





「最近元気無いなあ、お前。大丈夫か?」
同僚の気遣わしげな問いに、イルカは大袈裟なほどビクリと体を震わせた。
「どこか悪いのか?それとも何か悩みでもあるのかよ?」声を潜めて尚も問い掛けてくる同僚に、イルカは弱々しく首を横に振った。
「なんでもないよ。残業でちょっと疲れ気味なだけで。でも、ありがとな!」心配してくれて、と精一杯の作り笑顔で返す。
「なら、いいけどよ。」同僚は諦めて引き下がった。実際、眼の下にパンダのような隈を作ったイルカがそんなことを言っても、説得力はまるでなかったのだが。
イルカは睡眠不足だった。この1週間というもの、悪夢に苛まれているのだ。それも淫靡な悪夢に。しかも夢精のおまけつきだ。
セックスの夢を見る、その事自体は珍しいことではなかった。男なら普通のことだイルカはと思う。
夢精を後ろめたく思っているわけでもなかった。第一自分はそれに罪悪を覚える多感な年頃でもない。
しかし。
この1週間の夢は。
勝手が違うのだ。
いつもは夢の中で女を組み敷いている自分が、組み敷かれている。
それも、男に。
現実にはイルカは同性の経験は勿論無く、趣味も至ってノーマルだ。
過去にオツキアイした相手は皆女性だったし、今だって断然女性の方がいいと思っている
それなのに。
イルカはこめかみを軽く揉んだ。

気持ちいい、なんて.....。

一番の問題点はそこだった。自分はホモではない、決して変態ではないと思うのに、そんな簡単な自己認識に自信が持てなくなっている。
男に舐められて擦られて。あまつさえ犯られて。感じてしまっているなんて。
昨夜なんて特にひどかった。俺は自分で×××を△△しながら、相手の男の×××を☆☆☆したり......
挙句の果てにあの男が俺に◎◎◎を....!!

「うわああああぁっっっ!!」
イルカはそこまで思い返して、あまりの恥ずかしさに耐えられなくなって絶叫した。
ビリビリとガラスも震わせる絶叫に、瞬間その場に居合せた人々は固まってしまったほどだ。
「お、おい。どうしたんだよ、急に」同僚の狼狽した様子に、イルカはハッと我に帰った。
やばい、何叫んじゃってるんだよ、と冷や汗をかきつつ言い訳を考えてわたわたしていると、同僚が憐憫のこもった目でイルカを見つめ、首を横にフルフルと振って言った。

「お前、今日はもう帰れ。」




結局イルカは早退した。
夕暮れにもまだはやい時間だ。こんなに早く帰路に着くなんて滅多に無いことだった。
いつも残業で遅いもんなぁ....などとボンヤリ考えながら家の扉を開く。
イルカは何もする気になれなかった。玄関からそのままベットへと直行する。
眠るのは怖いのだが、体力のほうが限界だった。横になると自然と目蓋が下りてくる。
なんだか疲労困憊している。何も考えずに惰眠を貪りたい、そうしなければ死にそうだ。
どうか夢を見ませんように、とイルカは薄れて行く意識の中で祈った。
でもどうせ、と自嘲的に思う。
きっとまた抱かれてしまうのだ、あの男に。流れる銀髪に焔の隻眼を持つ男に。
何故かイルカを犯す男はいつも同じ男だ。幸いなことに現実に見知った顔の男ではないのだが、まるっきり夢の産物だとすると、少し淋しいような、ヘンな気持ちになる。そうなのだ。まずいことに夢の男に親しみ、というか情のようなものまでうっすらと抱き始めているような気がするのだ。

本当、まずいよなあ....

たかが夢の中の出来事にここまで翻弄されてる俺って....。情けなくて我知らず目頭が熱くなる。こんなこと、(内容が内容だけに)誰にも相談できない。これといった打開策も見つからないまま、睡魔は襲ってくる。

ほんと、どうしたらいいんだよ.....

胸中で弱々しく呟きながら、イルカは心地よい布団に誘われ意識を手放した。。



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