欲しくなる

前編



「只今任務より戻りました。久し振りだ〜ね?イルカ。」

カカシは受付所に座るイルカの前まですごい速さでやって来ると、盛大に微笑んだ。それを受けたイルカは無表情なまま、

「お疲れ様です。ご無事で何よりです。」と事務的に返した。

カカシの顔が悲しげに曇る。

「幼馴染が10年もの長期任務から帰ってきたのに。そんな態度はないんじゃない?」

「カカシ上忍、仕事中ですから....」

「カカシ上忍って、何ソレ。昔みたいにカカシでいいよ。」

カカシはイライラしているようだったが、イルカは別段何も感じなかった。取りあえず仕事の邪魔になるし、カカシとこれ以上埒も無い会話を続けたくなかった。

「仕事中ですから、私的な話は慎んでいただきたいのですが。」

重ねてイルカがやんわりと拒絶の言葉を投げかけると、カカシは一瞬瞠目した。そして「ふ〜ん」と何やら考えた後、下卑た笑みを浮かべて宣告した。

「そう。それじゃあ今日仕事が終わったらつきあって。それならいいでしょ。あ、これ上忍命令だから。」

イルカは無言のままだったが、カカシはもう踵を返していた。あとでね、と手をヒラヒラさせながら。上忍命令をイルカが蔑ろにしないと知っていたから返事はいらなかった。イルカは遠ざかるカカシの後姿を複雑な心境で見つめていた。

本当に、帰ってきたんだな。

無事でよかったという気持ちと、もう関わり合いになりたくないという気持ち。相反する気持ちのせめぎあいがイルカを無表情にさせているのだった。どう接したらいいのか、その距離感をイルカは量りかねていた。

カカシ。暫くは会いたくなかったな。

イルカは今晩のことを思って暗澹とした。






天才の名を欲しいままにする実力。皆を魅了する優れた容姿。幼い頃からカカシは異彩を放っていた。
イルカにとってカカシは自慢の幼馴染であると共に、憧れの対象でもあった。カカシ、カカシ、と何でもついて回った。そんなイルカをカカシは殊更可愛がった。カカシは気難しいところがあり、自分の周りに他人を寄せつけようとしなかったが、イルカは特別だった。幼い頃はその特別がイルカの誇りであり、喜びだった。傍から見ると、二人は仲睦まじい兄弟のようであった。しかし、だんだんと成長するにつれ、イルカはカカシと一緒にいるのが苦痛になってきた。カカシのことが嫌いになったわけではなかった。ただ、比べられる。何の取柄も無い自分がカカシの隣にいることが、いけないことのように言われる。身のほどを知れと。幼い頃は考えたことも無いことだった。ひょっとしてカカシもそう思っていたんだろうか。迷惑だったんだろうか。そう疑りだすともう駄目だった。イルカは徐々にカカシと距離をとり始めた。そんなイルカの変化をカカシは敏感に察知し、どうしたのか、何かあったのか、と事有る毎に問い質す。その度に、いいや何にも、とイルカは答えた。何もないけど、もうカカシの後ばかりを追いかける子供じゃなくなったってこと。いつまでも一緒ってわけにはいかないよ、と。半ば自分に言い聞かせるように。その時カカシはどんな顔をしていたのだろうか。いつも見てみたいと思いつつ、怖くて顔が上げられなかった。

そうして、カカシが傍らに居ない事が日常になり始めた頃、強請り出したのだ。カカシが。

「それ、ちょうだい。」と。

始まりは些細なものだった。
最初はイルカが食べているおにぎりだった。何の事かわからず、ぽかんとしてしまったことを今でも覚えている。
川原でおにぎりを食べていたら、何時の間にか現れたカカシが食べかけのおにぎりをくれと言う。そんなにお腹が空いているのかとビックリしたが、特に疑問に思わなかった。それが次第にエスカレートし、頻繁になっていくまでは。
それからカカシはイルカの前に突然現れては、服、本、玩具、お菓子など、イルカの持っているものを何でも強請るようになった。そんなカカシを不思議に思いつつも、イルカは抗うことなく与え続けた。たとえそれがイルカの大事にしているものであっても。それくらいのことしかしてあげられないから、と。

ある日、そんな二人の歪な関係に気付いた友人のスズキが、イルカを心配して言った。

「おまえ、カカシさんに嫌がらせされてるんだろ?」

嫌がらせ?とイルカはよくわからない、といった風に首をかしげた。

「しらばっくれなくてもいいぞ。俺見ちゃったんだ、お前がカカシさんに恐喝されてるところ。」

恐喝、とまたイルカは異国の言葉を聞いたかのように、鸚鵡返しに呟いた。

そうか、あれは嫌がらせだったのか、とイルカはようやくこの時点になって気がついた。そうか、そうだったのか。途端に胸に暗雲が立ち込め、泣き出したい衝動に駆られる。なあんだ、やっぱり嫌われてたんだな、俺。イルカは知りたくもなかった事実に打ちのめされた。

「....カカシさんに止めるように言ってやるよ。俺カカシさんより弱いし、正直ちょっと怖いけど、イルカが苛められてるのを放っておけないよ!」だって友達だもんな、へへ、とスズキが照れくさそうに付け加えた。正義感が強くて友達思いのスズキ。スズキの精一杯の気持ちがわかるのに、イルカの頭は今はカカシのことしかなかった。

「大丈夫。そんなんじゃないから。...でも、ありがとう、スズキ。」

イルカは無理矢理笑顔を作ってスズキにそう告げた。そうか?とスズキは尚も訝しげにイルカを見つめていたが、終には諦めた様子で、

「何かあったら相談しろよ!」とだけ言ってその場を去っていった。

その時、イルカの背後から声がした。

「あれ、ちょうだい。ね?」

カカシ、だった。



                          戻る    中編へ