初めて出会った時から欲しかった。
だからカカシはその欲望に忠実に従った。躊躇うことはなかった。
優しくすることも踏み躙ることも、カカシにとっては同じ事だった。
彼が肯んじなくとも、カカシは彼を自分のものだと決めていたので。

耽溺
(1)

洗っても洗っても血が落ちない。

カカシは苛立ちながらも清水に浸した手を我武者羅に擦った。
任務帰りの人里離れた山道で、カカシはよくそうして身を清めるのだ。
実際カカシほどの実力の持ち主であれば、返り血を浴びるといった、血で汚れる無様な事は滅多に無かったのだが、それでもカカシは洗わずにはいられなかった。

カカシ、何処も汚れてないぜ?

暗部の同僚が見かねてカカシを諭すこともあったが、それでもカカシは止めることができなかった。

汚れてないって?あんた達には見えないの?あんたも俺もみんな。みんな、真っ赤だよ。

そう言って笑うカカシに、皆戦慄すると同時に憐れみを抱き、そして最後には口を噤んだ。


今もカカシの手は別段汚れてはいなかった。
その手が赤いと言うのならば、それは長時間水の中で擦り合わせた所為だった。
血の色が染みついているのはその手ではなかった。血の色はカカシの心に染みついているのだった。

その時、がさりとカカシの背後で人の気配がした。
夢中になっていて気がつかなかったカカシは心中舌打ちしながら、気配に殺気が無いのを確認して振り返った。それでも手はホルダーに回したまま、警戒を怠らない。
茂みを掻き分けるようにして立っていたのは、黒い大きな瞳をした少年だった。
年の頃は自分と同じくらいか、少し下に見えた。背中の背負い篭にイガに入ったままの栗がぎっしり詰められていたので、栗拾いに来たのだろうとすぐ知れた。猜疑や警戒の心といったものが何もないのか、少年はカカシを見るとニカッと笑って見せた。どう返していいのか分からず、カカシはただ少年を見つめた。

「真っ赤だね!」不意に少年が言った。その言葉にカカシは落雷にあったかのような衝撃を受けた。平静を保とうとするものの、動揺で身体が震える。

この少年にも俺が赤く汚れているのが見えるのか。
血に染まる俺の姿が見えているのか。

カカシは澄んだ少年の瞳が、自分の罪を全て見透かしているかのような気がした。
だが、次に少年が洩らした言葉は意表をつくものだった。

「真っ赤だね、紅葉が。もう少しするともっと夕陽が燃えて、もっと紅葉が赤く映えて綺麗だよ。」

その言葉にカカシは一瞬放心すると共に何時の間にか黄昏が訪れていたことを知った。

「俺も、手、洗っていい?」

そう言いながら、少年は返事も待たずにカカシの隣に身を屈めて手を洗い出した。楽しげに歌まで口ずさんでいる。

真っ赤だな。真っ赤だな。
蔦の葉っぱも真っ赤だな。紅葉の葉っぱも真っ赤だな。
沈む夕陽に照らされて真っ赤な頬っぺたの君と僕。
真っ赤な秋に囲まれている。

歌うとカカシのほうを見て、嬉しそうにははっと笑った。

「あんたも俺も真っ赤だね。」歌と同じだ。

同じ、とカカシはひとりごちた。
ならば目の前のこの少年は俺と同じところまで堕ちてきてくれるだろうか。
カカシはその考えに興奮した。無性に欲しい、と思った。この屈託無く笑う少年が欲しい。どうしても。

その欲望の赴くままにカカシは少年を組み敷いた。
躊躇いは無かった。

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