(9)


枯葉の絨毯を踏み締めながら、もうすぐ見えてくる風景を思い浮かべて口の端を吊り上げる。
やっと帰って来た。帰って来ることができた。
共に生還した仲間達が「里が見えてきたぞ!」と感慨深い面持ちで叫ぶ。
その数は出発当初に比べ遥かに少なく、長い歳月に味わった辛苦が皆の顔に刻まれていた。
生憎、懐郷に胸を震わせる感傷は持ち合わせていなかったが、足を進める毎にイルカに近づいているのだと思うと胸が踊った。
知らず自然と足早になる。胸に大きく走る、古い傷跡が熱く疼く。
それはイルカが刻んだのだ。そしてそれはイルカを呪縛し繋ぎとめるための枷だった。
戦場で幾度となくその傷跡を指でなぞった。
イルカを繋ぎとめる枷は、自分の体に残されたイルカの欠片でもあった。
なぞる度に自分を鼓舞した。
絶対に、生きて帰るのだと。

イルカのもとへ。

木の葉の大手門が今目の前にあった。




「皆のもの、大儀であった。凱旋の祝賀式は後日に執り行うものとして、今日は家族のもとに帰り疲れた体を労うがよい。」

火影との謁見が済むや否や、皆我先にと帰路についた。
カカシだけが残った。火影に呼びとめられたからだ。

「話しというのは他でもない。九尾を封印した赤子を覚えておろう。あれが今度下忍試験をうけることになった。」

「へえ。」興味が無さそうな態度をして、カカシが相槌を打った。火影は苦笑しながらも先を続けた。

「下忍になれば任務を請け負う。今までは監視下に置けたが、下忍になってはそうもいくまい。そこでお前に監視役になってもらう。もし万が一九尾の封印が外れかかった時、お前レベルのものしか対処できんからの。」

「監視役、ですか。」それは一体、とカカシが尋ねるより先に火影が言った。

「お前の暗部の任を解く。お前は上忍として下忍指導教官の任にあたるのじゃ。」

「俺に餓鬼のお守をしろと?」

「餓鬼は餓鬼でも九尾じゃ。」火影はぴしりと言った。有無を言わせぬ声音に、カカシがわざと大袈裟に肩を竦める。命令では仕方がなかった。

「話はそれだけですか。」じゃあ、もう行ってもいいですか?カカシが踵を返したその後姿に、火影が言葉を投げた。

「カカシよ、」

「なんです?」

訝しげに振り向いたカカシの目に、思案深げな火影の顔が映った。火影は何かを告げようとしながらも結局それを諦めたようで、開きかけた口を閉じ、ふうと嘆息した。

「なんです?」何処か気になって、カカシがもう1度繰り返した。

「いいや、」と言いながら火影は頭を振った。

「任務ご苦労であった。よくぞ、無事に戻ってきた。」

火影の真摯な目に、カカシは歪んだ笑みで答えた。

「厄介払いできなくてスミマセンね〜」もう行っていいデショ?カカシは今度は振りかえらなかった。

無事に戻ってきた、なんてよく言う。

カカシは多少の苛立ちを感じたが、すぐにどうでもよくなった。
今はそんなことよりもっと大事なことがある。


カカシはずっと以前に通いなれた道を急いだ。



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