(10)

変わっていない、とカカシは思った。

二人を隔てた長い歳月がイルカを少年から青年へと変貌させていた。
少年特有の華奢でしなやかだった体は、程よく筋肉のついたがっしりとした体躯へ。
あどけなさを残す柔らかな顔つきは、はっきりとした輪郭を持つ大人のそれへ。

だが、カカシの執着する黒い瞳はまるで変わっていなかった。
そして、自分が刻み直した鼻の上の傷も。
カカシを欲望を狂おしいまでに駆りたてる、その雰囲気も。

組み敷いたイルカの目を覗きこむ。
あの日のように恐怖と怯えに濁っていることを期待しながら。
しかし。
イルカの瞳はカカシの全く知らない色を湛えていた。全く知らない、今まで見たことも無い色。
それを見るとカカシの心は激しく波立った。

何?なんなの?

イルカの全部を手に入れたと思っていたカカシは、自分の知らないイルカに苛立った。
同時に嗜虐的な気持ちが高まる。胸の傷跡が熱く疼いた。

「会いたかったですよ。」

カカシは額当てを外して床に投げ捨てた。かつん、と金属のプレートが床を叩く。
次いで口布を下げると口付けをしようとイルカの顔へ唇を寄せた。
その時始めて、イルカは言葉を発した。

「無事に帰って、来たんですね....」小さく呟くように。

無事に。火影もそんなことを言っていたな、とカカシは酷薄な笑みを浮かべた。

「ええ、無事に帰ってきました。ごめ〜んね?期待を裏切って。」

カカシは口元を歪ませながら、とりだしたクナイで一気にイルカの衣服を切り裂いた。一緒にイルカの肌も少し傷つけることになり、イルカの肌に薄く血の粒が浮かんだ。

「くっ...!」イルカが痛みに眉を寄せる。それがたまらなく淫靡で、カカシは急いで切り裂いた衣服の胸元を広げた。そして、露になったイルカの裸体にカカシは目を剥いた。

「何これ...」

イルカの体に無数の傷跡があった。古いものもあれば、まだ治って間もない新しいものもあった。どれも昔は無かったものだ。カカシはイルカを傷つける時、その痕が残らないように腐心した。可愛いイルカの肌に痕が残らないように。
そしてもしイルカの肌に痕を残すなら、それは自分のつけたものでなければならなかった。
それなのに。
カカシはひとつひとつ傷跡を確かめた。どれも他愛の無い傷跡だったが、背中を確かめようとイルカを裏返してカカシはぎくりと固まった。

背中を走る、大きな傷跡。肉が引き攣れ、醜く隆起している。

そのまだ新しい傷跡をカカシは震える手でなぞった。ぴくん、とイルカの体が小さく跳ねる。

「あんた、これ...」カカシは言いかけて次の言葉を飲んだ。生死に関わる怪我だったでしょう。
見れば、わかった。

カカシは例えようの無い怒りに煮え滾る思いだった。

「あんた、どういうつもり?あんたは俺のものなのに、勝手にこんなに傷を拵えて。」

カカシは握っていたクナイを口元に持ってきて、ぺろりと舌で舐めた。

刻み直さなければ。


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