(11)


クナイを握るカカシを、イルカは静かな色を湛えた瞳でじっと見つめていた。カカシはイルカの傷跡の一つに浅く刃を立てた。プツリ。そのまま傷跡を上からなぞるようにして切先を走らせる。走る切先の後を追いかけるように、イルカの肌に赤い粒がぷくりと浮き上がった。

「うっ....」イルカは思わずくぐもった声を上げた。それでも必死に堪えようと、奥歯を強く噛み締めた。

「抗わないんですか?」どうしたの。随分大人しいじゃない。

されるがままのイルカにカカシは少し機嫌を直した。昔はあんなに抵抗したのに。今は諦めてカカシを甘受しているように見える。イルカの返事はない。それは以前と同じままだったが、カカシは満足げな笑みを浮かべた。カカシはイルカの傷跡に浮かんだ血を舐め取った。
そしてまた別の傷跡に刃を立てては、血を舐め取る。

プツリ
ピチャピチャ
プツリ
ピチャピチャ

おぞましい音が一定のリズムで繰り返される。その行為はカカシにとって清めの儀式だった。イルカは施される痛みとカカシの舌がもたらす奇妙な感覚にゾクリと背筋を震わせた。そこに快楽の火種は見当たらなかったが、イルカのものは首をもたげつつあった。イルカのそんな様子にカカシは急激に高まる熱を抑えられなくなってきた。傷を舐めるだけだった舌先がそのうち道を外れ、イルカの至るところを弄り出した。特に乳首を執拗に弄った。激しく舌先で転がすように舐めては、きつく吸い上げ歯を立てる。何度もそうしてやると、イルカのものがはっきりと形をなした。イルカは声を洩らすまいと、懸命に口を押さえている。

「口、押さえないでよ。ホラ、可愛い声聞かせて?」

カカシはイルカの手を強引に外すと同時にイルカの下着に手を潜らせ激しく扱いた。

「ああ....っ!」突然の直接的な刺激に、思わずイルカが嬌声をあげる。再び口を押さえる間もないほど急激に追い立てられ、イルカの口からは艶やかな喘ぎが漏れた。右の手の動きを止めないままカカシは左手でイルカの頭を押さえつけ、快楽に喘ぐイルカの顔を食い入るように見つめた。時々耳を舐っては震えるイルカの様子を楽しむ。

かつてのカカシはまだ若く、自分の快楽を貪ることに夢中で、こうした形の支配を楽しむ余裕がなかった。
だが、あれから数々の性体験を重ねてきたカカシはその愉悦を知った。組み敷いてきた女たちは、自分で股を開き、腰をくねらせ、ああ、いい、もっとと恍惚とした表情でカカシに強請った。
その度毎にカカシはイルカを夢想した。これが、イルカだったら。
イルカが股を開き、もっとと恍惚とした顔で強請ったら。

強請らせたい。

カカシは思った。

「あっ、...や....もうっ」切羽詰ったイルカの様子に、カカシは「ん?もう出ちゃう?」と軽い調子で言いながらイルカの根元をぎゅうと押さえつけた。

「あっ...!」せき止められる苦しみにイルカが身を震わせた。

「やっ、は、離して...っ」カカシの手をどかそうとしたイルカの手を掴み止め、そのまま覆い被さるようにしてイルカの唇を貪った。

「ん...ふ....。」

カカシはポケットから潤滑油を取り出すと片手で器用に蓋を開け、その手を濡らした。そしてようやく口を離すとイルカの体を反転させ、素早く腰を引き寄せた。そしてカカシに向かって高く突出すような形になった尻の狭間に、1本ずつ指を埋め込んでいく。
イルカは自分の中で動く指の感触の気持ち悪さに、目の端に涙を浮かべた。

「つらい?大丈夫、すぐによくなるから。」

カカシがそう言って指を3本に増やした時、突然イルカの体がビクビクッと大きく跳ねた。

「あぁっ...」痙攣するように震えるイルカに合わせて、イルカの蕾がひくひくと緩く開閉した。

「ああ、ここがいいの。」カカシは探り当てたところを、何度も何度も執拗に擦った。

その度毎にイルカが切ない声を上げ、蕾がカカシの指を強請る様に締めつけた。我慢できなかった。
カカシは性急に指を引きぬくと乱暴に自分の前を寛げ、張り詰めた己のものをイルカにあてがった。
一気に腰を進め、奥まで貫いた。

「.....っ!」逃げようとするイルカの腰を押さえ、始めから激しく突き上げる。

イルカの中は熱くて。ぬるぬるして。絡みつくようにきゅうきゅうとカカシを締めつけた。

「ああっ、は、ふ...んっ....」カカシが突き上げるたびにイルカが甘い息を洩らす。

押さえていたイルカからは、それでも押さえきれなかった精液がだらだらと先端から零れて、イルカ自身をしとどに濡らしていた。

突き上げに揺れるイルカの背中を見つめながら、カカシは忘れていたことを思い出した。


そうだ。まだここを清めていなかった。
ここに俺を刻むのを忘れていた。


カカシは激しく叩き付けるように腰を使いながら、傍らにあるクナイに手を伸ばした。

そして躊躇うことなく切り裂いた。イルカの背中に残る、大きな傷跡を。
それと同時に押さえていた指を離してやる。

「ああああぁぁぁっ...!」突然の焼けるような痛みと込み上げる激しい射精感にイルカが大きく身を仰け反らせた。

ぎゅうっと後孔がきつく締まる。

イルカから噴出す白い液が伝い落ちる血の赤と混じってシーツを汚した。

目の眩むような満足を感じながら、カカシもほどなくイルカの中に思いきり吐き出した。


「うずまきナルト、ねえ....」

カカシは火影から渡された、九尾の狐子であるナルトに関する書類をパラパラとめくった。
つい先ほども火影に連れられてナルトの家を訪れていた。
と言っても、ナルトの不在中を狙った不法侵入だ。
特に注意を払うようなものはなかったが、ナルトのベッドの傍らの写真立てに、イルカの姿があったのには大層びっくりした。

「これ、誰です?」

カカシはイルカを指差して、火影にわざとらしく尋ねた。
カカシはイルカの素性について何も知らなかった。何も知らなくても良いと思っていた。
木の葉の忍らしいことはわかっていたが、それすらもどうでもよかった。
だが、狐子と一緒に楽しそうに笑っているその写真を見ると、カカシの心はざわめいた。この忌子とイルカの関係はどんなものなのか。

すると何故か火影は嫌な顔をした。

「ああ、そやつは海野イルカといってナルトのアカデミー時代の担任じゃ。」

「へえ。」そうか、あの人アカデミーの教師になったんだ。

「イルカはナルトにとって、ただの先生ではない。」火影は言葉を続けた。

「里で爪弾きだったナルトをはじめて認めてくれた、言わばナルトの心の拠り所みたいなものじゃ。この間も禁術の巻物を盗んだ嫌疑がナルトにかけられた時、イルカだけが疑わなかった。それどころか、ナルトを庇って大怪我を負いおった。イルカの両親も九尾の事件で犠牲になっているというのに、イルカはナルトを心から慈しんでいる。イルカの前ではナルトは狐付きでも忌子でもなくなる。イルカの前ではただの、うずまきナルトなのじゃ。」

火影の言葉をカカシは何処か遠くで聞いていた。

狐付きの、忌子を慈しむ。
穢れた存在を。慈しむ。
穢れた存在を。庇って。

大怪我を。イルカが。
あの背中の傷は。

カカシの心の琴線に何かが触れた。
ナルトに対する嫉妬。羨望。そういった類のものではない、何かカカシの心をじんわりと濡らすものが。

「カカシよ。」そんなカカシの様子に気付くことなく、火影は厳かに言った。

「イルカはそんな男なのだ。関わると決めたらとことんまで関わる。自分に何ら得するものがなくても。己の身を削ってでも。自分の信じることを貫き通す、強い意思を持っておる。だから、厄介なのじゃ。」

火影の嘆息の理由をカカシは知る由もなかった。

「お前には理解できんじゃろうがの。」

「はあ。」カカシは曖昧な返事をした。

普段の勘のいいカカシだったら火影の含みに気付いたかも知れないが、今のカカシは余所事を考えていて上の空だった。

だからお前の心は通じんじゃろうと言ったんじゃ

ぽつりと小さく火影が独りごちた。


無性にイルカに会いたくなっていた。
イルカに会って。
イルカに会って。
どうしようというのだろう?
また組み敷いてセックスを?勿論それもしたい。
だが、今カカシがイルカに会いたいのはそうしたことが目的ではなかった。
カカシ自身にも何なのか分からなかった。

逸る気持ちを抑えながらイルカの家へと足を運ぶ。
まだ時間がはやい。帰っていないかもしれないな。そう思いながらも足は動く。
いないのなら待っていればいいのだ。イルカの匂いのするあの部屋で。イルカの匂いに埋もれながら。

川辺りの坂道をゆっくり登っていると、カカシの前方に夕陽を背景にして、見慣れた括り髪がぴょこんと揺れるのが見えた。

イルカだ。

走り出そうとするカカシの傍らを小さな影が追い抜かした。
その小さな影が叫ぶ声が聞こえた。

イルカせんせーい!

イルカがゆっくりと振り向いた。振り向いたイルカの顔が柔らかく綻ぶ。
夕陽の色と同じ服を着た少年が、嬉しそうにイルカの腰にタックルするように抱きついた。
うっとイルカが大袈裟によろめいたのは、昨日つけた傷が痛む所為かもしれなかった。
少年の顔が忽ち曇って、ごめん、イルカ先生、大丈夫かと謝る声が聞こえる。
イルカは優しい声で、大丈夫だよ、心配すんなと少年の金の髪をくしゃくしゃと手で撫でた。
途端に少年の顔が輝く。イルカの許しを得たからだ。
よし、ナルト!一楽にでも寄ってくか!イルカの明るい声が響く。

その時ナルトと呼ばれた少年が言った。

イルカ先生、夕陽が真っ赤できれいだってばよう!

イルカはその言葉にどこかハッとした様子で夕陽を見遣った。そして言った。

そうだな、ナルト。夕日が赤くて、とてもきれいだ。

あの時のように。澄んだ瞳をして。イルカが、子供のように笑った。

当然のようにじゃれあいながら遠ざかる二人の後姿を、カカシはただ呆然と見つめていた。
見つめる視界がボンヤリと霞んでいた。

なんだ?

いぶかしんで目に手をやると、自分が泣いていることが分かった。

馬鹿な。

震える手で拭っても拭っても溢れ出る涙は止まらなかった。手だけではなく、今はもう立っていることができないほど、足も震えていた。カカシはたまらずその場に膝をついた。我慢しようとしても引き攣ったような嗚咽が漏れた。今まで泣いたことなんてなかった。

あの忌子は。
穢れた存在であるあの忌子は。
みんな持っている。
俺がイルカから欲しかったものを、全部。
俺と同じ、穢れた存在なのに。
俺は何も持っていないのに。
穢れているから。
何も与えてもらえないと思っていた。
どうせ与えられないのなら奪ってしまおうと思った。どうしても欲しかったから。
奪えないのなら、穢してしまえと思った。
俺と同じように穢れたら、傍にいてくれるでしょ。

そんなことをしなくても。
あの人は。

「真っ赤だね」とイルカは言った。真っ赤な紅葉が綺麗だね、と。

俺はあの時頷けば良かったのだ。

さっきのイルカの様に。

ただそれだけで。


ナルトの部屋で俺の心を揺らしたものの正体が分かった。


穢れた存在である俺を、許して欲しかったのだ。
ナルトのように。
イルカに。
笑いかけてもらいたかった。


それが今はどんなに難しい望みか。
カカシは始めて後悔と絶望を知った。



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