(7)


「イルカよ。今日お前を呼んだのは他でもない、お前はカカシに無体を強いられているのではないか?」

火影が煙管を燻らせながら、事実を婉曲的に問うた。
イルカは思い掛けない火影の言葉に驚いた。まさかそんな話を切り出されるとは思っていなかったからだ。

火影様が疑問形で尋ねられているということは、この件に関してまだ全てを把握していないということだ。

イルカは慎重に状況判断した。
九尾の件で親を亡くして以来、火影はイルカを気に掛け何くれとなく面倒を見てくれる、言わば後見人のような存在だった。カカシのことは心配を掛けたくなくて黙っていたが、今は別の意味で隠しておきたかった。

黙っているイルカをどう解釈したのか、火影は言葉を継いだ。

「それが本当なら、今度こそカカシを罰せねばならん。いや、あやつはもっとはやくから罰せられねばならなかったのに、放置していた儂の責任じゃ。」

火影はイルカが受けたであろう身心の打撃を慮って、苦渋に満ちた顔をした。

「すまなかったのう、イルカ。」許しておくれ。

火影の心からの謝罪にイルカは体を震わせた。緊張が解けて泣きそうになるのをぐっと堪える。泣いてしまっては事実を認めてしまったことになる。イルカはきつく目を閉じて、感情の奔流が流れ去るのを待った。そうしてイルカは頃合を見計らって、火影にきっぱりと告げた。

「何の事ですか、火影様。俺には全然身に覚えがないです。」

見え透いた嘘だったが貫き通す覚悟だった。

カカシを罰すると火影様は言った。
だが、カカシを罰するのは自分だ。
カカシを罰する権利を持つのは自分だけなのだ。
自分だけが罰していいのだ。

今ここで認めてしまえば事件は第三者の手に渡り、イルカの与り知らぬところでカカシは処罰を受けることになる。そんなこと我慢できるはずなかった。
瞠目する火影にイルカは念を押すように言った。

「そんな事実はありません。」

火影は暫くの間、まじまじとイルカの顔を見つめていたが、やがて観念したかのようにフーッと長い溜息をもらした。

「イルカよ、そうまでしてお前が庇うなら、そういうことにしておこう。だがあやつは庇う甲斐のない男じゃ。『純血種』として戦いには優れておるが、人の心を持っておらぬ。人の痛みがわからぬ。まさに鬼神じゃ。お前の心は通じぬじゃろうよ。」

火影様は何か勘違いしている、と思いつつイルカは「そうでしょうか。」と否定の声を上げた。
そんなイルカに火影は益々誤解を広げているようだった。

人の心を持っていない。その言葉に何かが引っかかる。
イルカも最初はそう思っていた。無心に手を洗うカカシを目にするまでは。
あの姿を目にしてしまった今では、そうは思えなかった。
イルカには、自分の罪を洗い流して解放されたいとカカシが願っているようにしか見えなかった。
全てを捨てきれていないから。
人の心を残しているから。

苦しんでいる。

自分が導き出した答えに、イルカは驚愕した。

そうか。彼は苦しんでいるんだ。
苦しんで、俺に助けを求めている。
何故なら俺が真っ赤だと言ったからだ。
誰もが見えないカカシの血を、見えると言ったからだ。
だから俺は選ばれたのだ。
それが誤解にしても。

突然イルカは自分の視界が晴れたような気がした。

そうか。だから俺は胸が苦しかったのか。
あんなに酷くされてるのに俺は。



カカシを、救いたいと思っていたのだ。



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