(5)


イルカがそのことに気付いたのは偶然だった。
ただ、いつも不審に思っていたのは確かだ。

カカシの手が、異様に冷たいことを。


カカシがイルカを犯したあの日から。カカシは度々イルカのもとを訪れるようになっていた。
訪れては暴力でイルカを組み敷き、思う様イルカの体を蹂躙した。
その度毎にイルカは激しく抵抗を試みるのだが、力の差は歴然としていた。
カカシの腕の刺青から暗部のものだと分かってはいたが、力では屈しても自分の心は屈していないことをカカシに示すため、イルカは抗い続けた。

あんたは強情だねえ。

それはカカシのお決まりの言葉だった。そしてその言葉こそが、より激しい陵辱の開始を告げる合図だった。
それは陵辱と言うよりは、拷問に近いものだった。

ナイフで傷つけられるなんて事は、可愛いものだった。
カカシはナイフで薄くイルカの肌を傷つけては、プツプツと浮き出る血を舐め上げた。

あんたの血は綺麗。とても綺麗。

カカシがうっとりと呟く様を、イルカは何処か空恐ろしい気持ちで眺めた。
人じゃない、とイルカは思った。この男は人じゃない。
人じゃないものに魅入られてしまった。
でもだからこそ。
俺は自分が人だということを最後まで忘れないでいよう。

そんなイルカの態度は時にカカシを酷く喜ばせ、また酷く苛立たせるようだった。
喜んだ時は甘い言葉を囁き。
苛立った時は激しい暴力を振るった。
暗部に属するカカシは流石に拷問に慣れたもので、しかも痕に残らないようにじわじわとイルカを責めた。
爪の間にゆっくりと針を刺しこまれた時には、イルカは左手の指が終わった時点までは堪えていたのだが、遂には失神してしまった。

だが決してイルカは求めなかった。
カカシの許しを。

カカシはいつも何処か失望したような眼差しでイルカを見つめた。

彼が何を求めているのか。何がそんなに彼を駆り立てるのか。何故自分に固執するのか。
イルカには分からないことばかりだった。

カカシはいつも事が終わると、すぐにイルカのもとを去った。
ただ1度だけ。事が終っても帰らないことがあった。

なんだよ、いつまでいるつもりだよ。

イルカの髪を梳くカカシの手を煩わしいと思いながら、イルカはさっさと寝てしまった。疲れた体が訴える、休息への誘いに抗えなかったからだ。カカシのことはどうでもよかった。どうせ勝手に来て勝手に帰っていくのだ、いつも。好きにしやがれ。

どれくらい眠ったのだろうか。

あいつ、もう帰ったかな。

眠りながらもそんなことを考え、薄目を開ける。カカシの姿が傍らにないことを確認すると、ほっとして目を閉じた。
その時。シャーシャーと水の流れる音が聞こえた。

何の音だ?

覚醒しない頭でボンヤリ考えていると、流れる水がごぽごぽと排水溝に吸い込まれる音がした。

やべっ!水道の栓、ちゃんとしめてなかったか!?

イルカは水道代のことを考えながら、慌てて布団から身を起こした。
水音は洗面所からしていた。イルカが勢いよく戸を開けると、そこにはカカシが立っていた。

「....!あんた、まだいたのか!」驚きのあまり大声を上げてしまったイルカの声が、カカシには聞こえていないようだった。

ただ無心に、手を。手を洗っていた。
あまりにごしごしと洗うので、水道の水が周囲に飛び散り、其処彼処をしとどにぬらしていた。
一体いつから洗っているのか。

「もう止めろよ!」イルカは腹立たしくなって水道の栓をひねった。

水が止まった途端、カカシがあっ、と怯えた声を上げた。
何をするんだ、とカカシが叫んだ。狂ったように栓をひねって水を出す。
そしてカカシはまたごしごしと手を洗い出した。

カカシの尋常ではない様子に、イルカが暫し呆然としていると、カカシの小さく呟く声が聞こえた。

血が。
血が落ちない。
血が。


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