つまらない毎日。
悪戯に人を殺し。
射精するためだけのセックスと。
酔えない酒を浴びるようにして。
欺瞞に満ちた慈愛で、俺を諭そうとする大人を鼻先であしらって。
だけど、探し続けていた。心の奥で。
ただ一つの真実を。
退屈に心を削ぎ落とされながら。
Route Seventeen
(1)
「ホラ、もっと抵抗して見せてよ?」
カカシは愉快そうに口の端を吊り上げながら上唇をぺろりと舌で舐め上げる。その美神の如く整った顔が、飛び散った血を受けて赤く汚れていた。血を求める狂った情熱がその双眸を妖しく揺らし、その隼の如く流麗な動きには壮絶なまでに禍禍しい殺気が漲っていた。目の前の敵はそのあまりに現実離れした光景に、自分の対峙しているものは人にあらず、魔性の者であったか、と改めて背筋を凍らせた。
カカシは舌先が拾ってきた血の味にうっとりと目を眇めて、腰を抜かして震える敵に一歩近付いて見せた。
「もう終りなの?...つまらないよ、アンタ。この責任はとってよね?」
ヒイッと逃げ出そうとする敵の首根っこを捕まえて、急所をわざと逸らしながら刀身を突き立てていく。何度も何度も執拗に突き立てて、敵の恐怖と苦痛に満ちた悲鳴を楽しむ。だが敵が失禁して股間を濡らすと、カカシは嫌そうに顔を顰めた。
「汚いじゃない...興醒めだよ。手加減してあげてたのに。そうだ、もうお漏らししないように、ソレを切り取っちゃおうか?」
最後の最後まで甚振り尽くそうとするカカシに、もう虫の息の敵は血の気の無い顔を更に蒼白にさせた。この世にも地獄があると知った瞬間だった。カカシが、うん、そうしよう、ソレ決定、とはしゃぎながら刀身を振り上げたその瞬間。
キイィィ...ンという音を立てて、手にしていた刀身が飛んで来た手裏剣に弾き飛ばされた。と同時に死の淵の苦しみに喘いでいた男にも、止めを刺すためのクナイが食い込んでいた。新手の敵か?と俄かに緊張を高めたカカシが臨戦の体勢を取る。
しかし、カカシの前に舞い降りてきたその姿は、木の葉の暗部特有の獣面と白装束を身に着けていた。まだ未成熟な香りを残す肢体は、その持ち主が少年であることを物語っていた。自分と同い年くらいか、とカカシは驚いたようにその少年を見遣った。
こんな奴、暗部にいただろうか?見た事も無い
カカシはまだ味方とは分からぬ少年を警戒しながら、ゆっくりと間合いを取った。目の前の少年に、自分の殺気に気圧されないほどの、しかし殺気とは違う気の力が漲っているのが分かった。
こいつ、強い...
カカシが血を求める興奮に、目をぎらぎらと輝かせながら少年を凝視していると、少年は臨戦の姿勢もとらないまま、困ったように腰に手を当てて実にあっけらかんと言い放った。
「火影様から聞いてたけど、あんた本当に性質が悪いね....仲良く出来るかなあ、俺...」
その呆れたような声を聞きながら、カカシは瞬間ぽかんとしてしまった。仲良くって...誰が?
少年はそんなカカシの様子に微塵も構うことなく、どんどん話を進めた。
「俺と友達になりたかったら俺の流儀に合わせてよね。最初は大目に見てやるよ。」
少年は事態を呑み込めずに茫然とするカカシの手を強引に握った。カカシがその手を払えなかったのは、目の前の少年がこれまたアッサリと面を外して素顔を晒したせいだった。カカシも写輪眼を使う為に面を外すことはある。実際今も外していたが、それは特殊な例であって、普通の暗部は面を外すのを嫌った。何処から自分の素性が知れるか分からないことを怖れているからだ。それなのに。
黒い大きな瞳と鼻の上に横に走る傷跡が印象的な顔を無防備に晒しながら、少年は繋いだ手をブンブンと上下させて朗らかな調子で言った。
「カカシ...だっけ?今日からよろしく!俺のことはイルカって呼んでいいよ。」
人懐こそうなその顔が、花が咲いたように綻んだ。
「どういうことだよ!?この糞爺ィ!」
任務から戻るなり火影の部屋にずかずかと押し入ったカカシは、里の最高権力者を前に敬意もへったくれも無い口調で捲し立てた。しかしカカシの礼儀を知らない態度はいつものことなので、火影の側に控えていた側近も眉一つ動かす事は無かった。側近をしてその有様なのだから、当の火影に至っては何処吹く風で、まるでその場にカカシが居ないかのように振舞った。カカシはその様子に酷く憤慨して、俺はここにいるぞと謂わんばかりに、火影の机の上にドカリと腰を下ろして見せた。ついでに山済みの稟議書類を派手に散らしてみる。これには流石の側近も「いい加減にせぬか、この小童が。」と気色ばんだが、火影が仲裁に入り「少し席を外してもらえんか?」と側近を下がらせた。
そして火影らしい重厚な声で「拾わんと話は聞かん」とカカシに散らかった書類を片付けるように促した。
「ソレよりも説明が先!何、あのイルカとかいう奴は?アンタの差し金だろ!?」
息巻くカカシに火影は有無を言わさぬ強さで、もう一度繰り返した。「拾わんと話は聞かんと言った筈じゃ。」
カカシは暫しの間火影のことをまじまじと見つめていたが、やがて根負けしたようにちぇっと舌打ちしながらも、床に広がる書類を渋々と掻き集める。そんなカカシの様子に、粋がって見せても所詮17歳、可愛いもんじゃのう、と火影は密かに笑みを漏らした。しかし問題は誰もカカシが子供だとわかっていないことだ、と火影は忽ち顔を曇らせる。そのずば抜けた才能ゆえ皆錯覚している。カカシが道理を弁えた一人前の忍であると。善悪を覚える前に大人の世界で生きていくことを余儀なくされカカシは、安全弁を持たない兵器のようなものだった。何時暴発するかもしれぬ、とても危険な。だがそれはカカシに罪があるわけじゃなかった。それを学ぶ機会を与えなかった、自分達の所為なのだ。火影はそこまで考えて自分を悔いるように嘆息した。丁度書類を拾い終わったカカシが、その様子を訝しげな瞳で見つめていた。
「溜息つきたいのは俺の方なんだけど。ほら、書類は拾ったから、俺の話聞いて?あのイルカって奴は何?何なの?」
そう尋ねるカカシの顔が、年相応の少年の表情を浮かべていた。火影は早速効果があらわれたか、とカカシの変化を感じ取って内心ほくそ笑む。火影はカカシのことを諦めた訳ではなかったのだ。そしてここからが肝心なのだと、坐住居を正して火影は言った。
「おお、イルカに会ったか。あやつはこの度暗部に入ったばかりの新人じゃ。丁度お前と同じ年の頃だからの、仲良くするように言っておいたんじゃ。」
「はあ!?」
火影の思い掛けない言葉にカカシは素っ頓狂な声を上げてしまった。
「じ、爺...そ、それはどういう....」うろたえるカカシを他所に、火影は晴れやかな笑顔を浮かべて言った。
「友達が出来て良かったの、カカシ。」
カカシの反抗を全て受け付けない、強い意思に満ちた言葉だった。
やってられない。やってられない。何を戯けた事を。遂に耄碌したか、あの爺、と心の中でカカシは悪態をつく。
それとも口の利き方も知らない俺に、新手の嫌がらせだろうか?くそ、絶対にこんな事は認めない。思い知らせてやる。
友達なんてものは、カカシには要らないものだった。友達に限らず、カカシは人と密接に関わることを嫌っていた。訳知り顔の説教や嘘の慈愛は鬱陶しいだけだった。カカシは自分以外の者に何も求めていなかった。だから他人も自分に何かを求めてはいけないのだと思っていた。
それなのに。
夜も明け切らぬ暗い時分から、イルカは自分の元を訪れている。当然のように。
イルカは気配を消して音もなくカカシの家に不法侵入していた。自分を揺り起こすイルカの手に、初めてその存在に気付いたカカシは自分の迂闊さを呪った。咄嗟に逃げようと飛び退いたカカシの腕を、意外に馬鹿力なイルカの手ががっちりと掴んで引き止める。
「この...っ!」離せ、と怒鳴ろうとするカカシを制するように、イルカの手がギリリとカカシの腕を締め上げる。
思わず呻き声を上げるカカシに構うことなく、イルカはニッコリ笑って言った。
「カカシ、今から一緒に釣りに行こうよ。」
「はあ...?」
その予想外の言葉に呆気に取られたカカシが寝惚け眼を擦ってよく見てみれば、イルカは釣り竿やら魚篭やらを背負って立っていた。しかもゴム長靴を履いたまま、家の中に上がっているではないか。カカシは信じがたい光景に度肝を抜かれて瞬間抵抗を忘れた。
俺と釣りに...?マジ...?こいつ、マジで言ってるのか...?
しかしイルカは至って真面目な様子で、「はい、これはカカシ用。持ってないよね?」と持参したらしいゴム長靴を取り出して見せた。
うわ...それを俺に履けっての?...
幾ら抵抗しても振り解けないイルカの手が、早く早くとカカシを引き摺るようにして急き立てる。このままでは本当に釣りに行くことになってしまう。カカシは眩暈がして倒れてしまいそうだった。
戻る 2へ