君の近くにいよう前編
その光景は受付所で最早日常茶飯事となっていた。
「イルカ先生、好きです愛してます!結婚を前提としてオツキアイしてください!」
「嫌です。はい、次の人どうぞ。」仕事の手を休めることなく、イルカがにべも無く答えた。
「ええええ〜〜〜!?どうしてですか?何が不満なんですか?あっ、指輪ですか!?プロポーズには指輪は必須アイテムですもんね!」
大丈夫、ちゃあんと用意してありますから。
そう言って嬉しげにポケットをごそごそと探る、その男の名ははたけカカシ。里の誇る天才エリート上忍だ。
イルカはこの男に毎日毎日告白を受けていた。カカシは告白に場所を選ばない男だった。
イルカが受付所にいれば受付所で。
イルカがアカデミーにいればアカデミーで。
イルカが居酒屋にいれば居酒屋で。
とても正気の沙汰とは思えない。一体どうしたら信じられると言うのか。ふざけている。
多少の憤りを抱きつつ、イルカは毎日毎日カカシの告白を断り続けた。
結果カカシの一方的な片思いを誰も知らないものはなかった。
無責任な外野はおもしろがって、
「イルカ、ちょっとくらい付き合ってあげてもいいんじゃないか?」
「相手はエリート上忍なんだし。」
「それにこんなに入り浸れると仕事にも支障が出るしな。」
と、イルカをそそのかした。好き勝手言いやがるとイルカは内心毒づいた。その上皆の言葉の端々から、自分がトトカルチョのダシに使われていることが窺い知れて、イルカはガックリと肩を落とした。
そんなの賭けにならないだろ!俺は絶対折れないし!
イルカには揺るぎ無い自信があった。
あったのに。
「はい、これがエンゲージリングです〜〜〜☆」
受け取ってください、とカカシが箱をイルカの目の前で開けて見せた時。
イルカは驚きで目を見開いた。
どうしてこれが。
イルカの驚き様に周囲の者達が、一体どんなにでかいダイヤモンドの指輪なんだ、と物見高く覗きこむ。
そこにあったのはダイヤモンドも何も無い、金のシンプルな指輪だった。しかも使い古されている感じだ。
それにイルカのものにしてはサイズが小さい気がした。
なんだってこんなものをと周囲が首をひねっていると、イルカが突然感極まった声をあげた。
「あ、ありがとうございます、カカシ先生!俺、俺、嬉しいです....!」
イルカは会心の笑顔で指輪を受け取った。受け取ってしまった。つい、うっかり。前後の状況も忘れて。
イルカの一生の不覚であった。
途端に周囲がどっと沸いた。
「今日だったか〜〜〜!」
「大穴だ〜〜〜!」
「もっと後かと思っていたのに〜〜〜!!」
トトカルチョの結果に皆興奮気味に口角泡を飛ばす。
その様子にはっと我に帰ったイルカは、事の重大さに気がついて戦慄した。
「カ、カカシ先生、ち、ちが...。」違うんです。そういう意味じゃないんです。イルカは弁解しようと思うのに、焦って舌が上手く回らない。
「やっとイルカ先生も俺の気持ちをわかってくれたんですね〜嬉しいなあ。今日から俺達、恋人同士ですね!」
カカシは嬉しくてたまらないといった様子でそう言うと、ちゅ、と音を立ててイルカの唇を啄ばんだ。公衆の面前で。
「なっ、やっ、どっ....!?」うろたえて赤くなったり青くなったりしながら、イルカは意味不明の言葉を吐いた。
その様子に周囲からおお〜!という歓声が上がり、拍手と共に「おめでとう、幸せにな!」という祝福の言葉をみんなが投げかける。
「幸せになりましょうね!イルカ先生。今日は早速一緒に帰りましょう!」
後で迎えに来ますからね〜!
投げキスと共に退場するカカシをイルカは遠い目で見つめた。周囲の熱気に悪酔いした頭がガンガンする。
「....どうするんだよ、俺....」
イルカは情けなく呟いた。
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