後編


「ちょっと...!な、何するんですか!?」

カカシの身体の下で、イルカがじたばたと暴れた。イルカは泣きたい気持ちだった。世間体を気にするイルカにとって、今日の出来事はかなりの打撃だった。ホモの修羅場を繰り広げてしまった。しかもカカシに抱きかかえられたまま姿を消したとあっては、今こうして組み敷かれていることを誰もが想像しているだろう。明日からどんな顔をして職場に向かえばいいのか。

それもこれも、この腐れ上忍が....!

「放せって言ってんだ、この!」渾身の力を込めてカカシの身体を押し退けようと頑張ってみたが、カカシの身体はびくともしなかった。

「何をそんなに怒ってるんですか〜?」カカシはイルカに覆い被さるようにしてその顔を覗き込んだ。

イルカと目が合うとカカシは三日月の形に目を細めて笑った。

「ヒオウのことを怒ってるんですか?ねえ、嫉妬してるの?」

嫉妬なんかしてねぇ!と怒鳴り返したいイルカだったが、「ヒオウ」という聞きなれない言葉に気を取られて時機を逸してしまった。しかも思わず声に出して繰り返してしまった。「ヒオウ....?」言いながらそれがあの美青年の名前なのだとようやく気がつく。カカシがニヤニヤしながらイルカを見つめるのでイルカは腹立たしい気持になった。絶対にいい気になっているに違いない。

「ひどいですね、カカシ先生は。あの人...ヒオウさんをボロ雑巾のように捨てたそうですね。」

イルカは冷たく言った。本当はボロ雑巾なんて言っていないのだが、ちょっと脚色してみた。

「他にもヒオウさんみたいな可哀想な人が沢山居るんでしょうね...そう思うと本当にカカシ先生が嫌になりますよ。」

嫌味を言っているつもりなのだが、それを聞いているカカシの顔がどんどん緩んでいく。

「だって仕方ないですよ〜♪俺をひどい男にしたのはイルカ先生ですよ〜?」

カカシはとんでもないことを言った。

「なっ、何言って...」イルカは濡れ衣を着せられた怒りに、顔を真っ赤にさせた。

「イルカ先生を好きになってから、付き合いのあったのは全員捨てちゃったんです。」カカシがあっさりと恐ろしい告白をした。

......全員って。イルカは頭がガンガンした。なんだそりゃ。誠意を見せているつもりか。そういう意図ならそれはもう失敗している。お付き合いをするのはいつでも一人という考えのイルカには、「全員」などと複数交際を臭わせるカカシの言葉がもう駄目だ。最悪だ。何なんだこの男は。

とその時、カカシが突然言った。

「イルカ先生、好きです。」

カカシがイルカに会う度に呟く常套句だったが、今日のそれは今まで聞いた事が無いほど、甘く切ない響きを含んでいた。イルカはドキリとして目を何回も瞬かせた。

「本気、です。」

カカシはイルカに言い含めるように、ゆっくりとそう言った。

「何回も言っているのに、イルカ先生が何の返事もくれないから....もう駄目かと思ってました〜。」

諦めないでよかったです、と言ってカカシは子供のように無防備な笑みを浮かべた。
はじめて見るカカシのそうした笑顔に、イルカは心底驚いた。

本気。本気で好き。
カカシの言葉を信じたことが無かった。信じたら馬鹿を見ると思った。
相手は上忍で遊び人で。自分は冴えない中忍で。
信じたら。本気になったら。傷つくのは自分だと分かっていた。
だから、好きになんてなれなかった。
だけど、嫌いになんてなれなかった。

それでもすぐに終ると思っていたお遊びは半年も過ぎて。
カカシが隣にいることが、あんまりにも当たり前のことになってしまって。
イルカは焦っていた。
信じてなくとも。
もうイルカの隣にはカカシの座る場所ができてしまっていた。

「イルカ先生、俺のこと好きなんでしょう?」

カカシがイルカを見つめる。カカシは視線を逸らすのを許さないように、イルカの顔を両手で包みぐっと視線を近付けた。カカシの目が真剣だった。好きなんでしょう?と横柄に言いながら、ちっとも自信が無さそうだ。いつも余裕でイルカを翻弄してばかりの上忍が、この時ばかりはまるで迷子の少年のように見えた。それを見てイルカはなんだかフッと肩の力が抜けたような気がした。

カカシも同じだったのかもしれない、とイルカは思った。
心を見せないイルカに、冗談めかしてしか接することしか出来なかったのかもしれない。
傷つくのが怖いから。傷つくのは、本気だから。
この半年、カカシは臭い愛の台詞を吐き続けたが、イルカには強請らなかった。
好きとも嫌いとも返事を求めなかった。
今更気付いたが、きっとそれは。

ち、とイルカは小さく舌打ちして、カカシの目をまじまじと見つめ返した。
こんなことがなかったら、気がつかなかったかもしれないカカシの気持ちと....自分の気持ち。
相変わらず俺は鈍いな、とイルカは苦笑した。
その微笑をカカシはどうとったのか、「焦らさないで教えてくださいよ〜」と甘く強請る。
焦らすも何も。

「好きですよ、カカシ先生。」イルカは視線を逸らさないまま言った。

言った瞬間、カカシの目が揺れた。ただでさえ燃えるようなカカシの左目が、今は油を注がれた火の様に轟々と燃えていた。

「もっと言って。」カカシが掠れた声で強請る。

「好きです。」

「もっと。」

「好きです。」

「もっと....」

もっとと言いながらカカシの口がゆっくりと降りてきてイルカの口を塞いだ。躊躇うことなく入って来た舌がイルカの口腔を思う存分弄る。絡んだ舌からお互いの唾液が混ざる。混ざった唾液が口の端から零れ落ちていた。いつもは不快なその感触も今はとても気持ちがいい。頭が痺れて何も考えられない。イルカは溺れるとはこういうことかと思った。知らなかった。気持ちが通じ合ったというだけで、触れる肌の温度がこんなにも違う。こんなにも、気持ちいい。たまらなかった。

ようやく口を放したカカシを引きとめるかのように、イルカはカカシの首に腕を回した。
そして耳元で囁く。

「カカシ先生、気持ちいいことしましょう。」



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