夏風邪に倒れたイルカにカカシが尋ねた。

「イルカ先生、何か食べたいものはありますか。」

高熱でウンウン唸りながらイルカは考えた。
正直、何にも食べたくない。でも何か食べなくては。今喉を通りそうなものといったら。

「蜜柑が、食べたいです....」


夏の蜜柑
冬の苺
前編


寒風吹き荒ぶ冬の真っ只中。
またしてもイルカは風邪で倒れてしまった。季節の変わり目は忙しく、つい無理をしてしまう。
それでも健康管理には気をつけているイルカだったが、ここ1年付き合っている上忍との過剰なスキンシップが、イルカのペース配分を乱しているのは確かだった。

その問題の恋人、はたけカカシがイルカの目の前で顔を曇らせていた。手には体温計が握られている。

「熱、高いですねえ〜。」

そう言ってフウ、と溜息をつく。

「仕事のしすぎですよ。あんまり無理しないでくださいね?」

いや、仕事のしすぎというか。イルカは熱で朦朧としながらも、心の中で絶叫した。

あんたのせいだろーが!

昨夜男二人で入るには狭い風呂場にカカシが乱入してきて、そこで散々したい放題されてしまった。冬の風呂場は寒い。しかも狭い浴槽に二人でぎゅうぎゅうと入るのだから、満足に湯にも浸かれない。先に入っていたイルカはすっかり湯冷めしてしまって、風呂を出る頃にはクシュンというくしゃみが出ると共に、背中が悪寒でゾクゾクとした。あ、やばいなと思った。そうしたら翌朝はこの様だ。

「イルカ先生、何か食べたいものはありますか?」

汗で濡れるイルカの額をタオルで拭きながらカカシが尋ねた。

イルカは薬でウトウトし始めた頭で一生懸命考えた。

食べたいもの。何も食べたくない。
でも何か食べなくちゃ治らないよな。そうだな、果物ならなんとか。
ああ、あれが食べたいな。赤くて甘酸っぱくて、柔らかい。

「苺が食べたいです....。」




それから何時間寝たのだろうか。
イルカが目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていた。どうやら朝から晩まで寝ていたらしい。
薬を飲んでよく寝たせいか、朝よりも幾分調子が良くなっていた。

カカシ先生、今日ナルト達の下忍担当任務だよな。

イルカは時計をちらりと見遣った。下忍担当任務なら、帰りはそう遅くならないはずだ。
それなのに。

もう9時過ぎてる....。

何かあったのかな、そう思った瞬間バーンと乱暴にドアが開けられる音がしたかとおもうと、ダダダダダ、とものすごい勢いで走ってくる音が聞こえた。そして現われたのはカカシだった。

「イルカ先生、ただいまっ!遅くなってごめ〜んね?」任務が長引いちゃって。具合はどう?

そう言うカカシの息が乱れているのは、よっぽど急いで帰ってきたからに違いなかった。汗もびゅうびゅう掻いている。

心配して急いで帰ってきてくれたんだな。

そう思うとイルカの心もジーンとした。

「ええ、大分良くなりました。」ニッコリ笑って答えると、

「そうですか!よかった。それからこれ、」とカカシが何か袋をイルカに差し出した。

手渡されるままにイルカは中を覗いてあっ、と小さく声をあげた。

「苺....。」赤くて大ぶりの苺がキラキラと宝石のように輝いていた。

「イルカ先生食べたいって、言ってたでしょう。」なんだかカカシの方が嬉しそうだ。

そんなカカシの様子にイルカはなんだかわからないけど、顔が火照る思いだ。

「こんな冬の真っ只中、よくありましたねえ...どうしたんですか、これ。」

イルカは自分でリクエストしておいて何だが、まさかあるとは思わなかった。時期が外れている。さっきは高熱に浮かされていて気がつかなかったが。

「ん〜?よく知りませんけど、最近はそういうのがあるみたいですよ。温室栽培っていうんですか?」

カカシの言葉に、へえ、とイルカは妙に感心すると同時に、そういうものが横行すると季節感が無くなるなあ、と残念に思ったりもした。
それでもツヤツヤした苺はとてもおいしそうで、イルカは早速一粒取って口に放りこんだ。途端に甘酸っぱい味が口一杯に広がる。
カカシが笑いながら、洗ってきますよイルカ先生、と声をかけた。



翌朝はすっかり良くなったイルカと入れ替わるように、今度はカカシが熱を出して倒れた。

「俺のが感染っちゃったんですね。すみません、カカシ先生。」

謝りながらもイルカは少し驚いていた。カカシが倒れるなんて滅多に無いことなのだ。

「何か食べたいものはないですか?」今度はイルカが訊いてみた。

う〜ん?イルカ先生かな、とカカシが茶化した。そういうのじゃなくて、とイルカが怒りそうになるとカカシは慌てた。

「うんとね、イルカ先生の作ったものなら何でもいいです。イルカ先生の作ったものなら何でも食べます。」

あまり甲斐のないカカシの返事に、わかりました、とイルカは少し残念そうに答えた。






俺も、何かこう、特別なものを用意してあげたかったのになあ。
カカシ先生の、苺のように。

イルカは商店街を買い物に奔走しながら思った。
それでもイルカはカカシに何か精の尽くものを食べさせようと、奮発して普段買わないような食材を購入した。
それでごった汁を作るつもりだった。栄養もあるし消化もいい。
でも、これすら食べられないようだったらどうしようか。

林檎の擦り下ろしたのとか、いいかもな。

思いつきで八百屋の軒先で立ち止まる。
へい、いらっしゃいの声に「林檎....」と言い掛けて、イルカは逡巡した。昨日の苺の爽やかな甘さが甦る。

林檎もいいけど、今日は苺にしようかな。
昨日の分は結局俺が全部食べちゃったし。

「やっぱり、苺ください。」とイルカが言うと、店の親父がへっ?というような顔をした。

「お兄さん、苺は季節じゃないよ。」そう言って笑う親父にイルカは尚も言い募った。

「温室栽培のものが、あるって...」

う〜ん、とオヤジが首を振った。

「温室栽培ものも、まだ出回ってないよ。時期が早すぎる。」

それで結局イルカは林檎を買うことになったのだが、なんだか狐につままれたような気持ちだった。

それじゃあ、昨日のあの苺はどうしたんだろう。

そんなことを考えながら歩いていると、「おう、イルカ!」と肩をポン、と叩かれた。

「元気になったみたいじゃねーか?」そう言ってニヤリと笑う男は、アスマ先生だった。


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