アスマ先生の憂鬱
前編

ガラガラガラッと勢いよく上忍待機所の戸を引く音と共に、カカシが入って来た。
口布の上からでも分かるほど、左頬が腫れている。
木の葉広といえど、カカシの頬を腫らせるほどの奴はあいつしかいない。

しまった!

またなんでこんな時に居合わせてしまったのか。己の不運さを呪いながら、カカシが口を開く前に逃げなければと素早く腰を浮かしたその瞬間。

「うわあああぁぁぁ〜〜〜ん!アスマ聞いてよ、イルカ先生が〜〜〜!!」

カカシが猛ダッシュで俺に縋ってきたので、腰を浮かしかけていた俺はバランスを失って派手に床に転げ、強かに腰を打った。

「...っつぅ!カカシ、てめえ〜〜〜!」

激痛に呻き声を上げながら腰を擦る俺のことなぞ全く意に介さず、カカシはガクガクと俺を揺さぶった。
勘弁してくれ。

「イルカ先生がっ、俺のこと殴った〜〜〜!」

見りゃ分かる。ついでに俺にも2、3発殴らせてくれ。

俺はその言葉をぐっと飲みこんで、代わりに煙草に火をつけた。フーと煙を吐き出せば、少しは気分が晴れるってもんだ。
俺はウンザリしていた。グスグスと鼻を啜りながら子供のように泣き喚いているこの男が、里切っての天才エリートだとは木の葉も随分と平和になったものだ。

聞きたくない。
聞きたくないのに。
逃げ遅れた時から俺の運命は決まっていた。

「で、何があったんだ?」降参して俺は口を開いた。

それがね、カカシが涙目で切々と語り出した。

本当に、聞きたくなかった。







「おう、イルカ。今夜一杯付き合えや。」

受付所で報告書を出す際に、クイッと杯を呷る仕草をして俺は軽く言った。軽快な口調とは裏腹に、心の中はどんよりとしていた。

「え?あっ、はい....」

返事をしながらもイルカの顔に警戒の色が浮かぶ。まずったか?

「あのう、アスマ先生....まさかカカシ先生が何か...」

「いや、カカシは関係ねえ!」俺は慌てて手をブンブン振った。

「そうですか....。でも丁度よかったです。実は俺、アスマ先生に相談したいことが...」

そう言って何故かイルカはポッと頬を赤らめた。相談。相談って言ったか。
カカシにも相談され(無理矢理)。
イルカにも相談され。
何時の間にか、またこいつらの痴話喧嘩に巻き込まれている。
夫婦喧嘩は犬も食わないというのに。俺は犬以下か!
俺は目頭が熱くなる思いだった。

「どうかしたんですか?アスマ先生。」

俺の様子にイルカが気遣わしげな言葉を投げる。

「いや別に。それじゃまた後でな!」

俺は足早に受付所を後にした。


くそう。カカシめ!
いつか絶対目に物見せてやる!


そう心に誓って。


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