後編


「もうすぐカカシ先生の誕生日なんです。」

イルカは大衆居酒屋に入って開口一番そう言った。
それは知ってる。俺はそう思いつつも突出しのカツオの塩辛を口に運んで、日本酒をチビリとやった。うめえ。

「聞いてるんですか、アスマ先生。」

イルカが咎めるような口調で言う。

「おう、勿論だ。で、何が問題なんだ?」

酒に夢中になっていた俺は慌てて取り繕った。正直、カカシやイルカの話を聞くより酒を楽しむほうが俺には重要だ。

「も、問題は、そのう...プ、プレゼントなんです....」

イルカは言いにくそうにして伏し目がちに呟いた。頬がほんのり赤く染まっている。


プレゼント。
その話もカカシから聞いていた。いや、聞かされていた。グーで殴られた原因は誕生日プレゼントにあったのだ。

「イルカ先生が何か欲しいものはありますかって言うから、正直に答えたのに〜」
そしたら殴った〜しかもグーでぇ〜!

えぐえぐ泣くカカシを鬱陶しいと思いながら、

「おまえがどうせ、イルカ先生が欲しいとか、あんなことして、こんなことして、と淫猥なことを強請ったんだろうが!」と吐き捨てるように言った。

そうだ。どうせそうに決まってる。こいつは最近とても欲が深い。イルカの愛をひとり占めできないのなら、自分だけにしかイルカが与えてくれないものを、とことん貪ってやろうという魂胆だ。他の誰にもイルカが与えることのない、カカシだけへの特別を。それがどんどんエスカレートして、最近では変態の領域に踏み込んでいるような気がする。いや、昔から変態だったか。違いねえ。

俺の言葉にさも傷ついた、といった顔をしながらカカシが口を尖らせた。

「言ってないもん。俺はお守りが欲しいって言っただけだったのに。」

「お守り...」

案外まともな答えに俺は拍子抜けした。

「俺達上忍なんて、いつ任務先で死んでもおかしくないでしょ?だからねぇ、イルカ先生からお守りが欲しかったわけ。無事に帰ってくるための心の支えっていうの?ま、気休めだけど。」

う〜ん、と俺は分かったようなそうでないような、曖昧な返事をした。別に悪い話ではない。カカシにしては至極まともだ。至極まともなだけに何か釈然としないものを感じる。考え過ぎか?

「...お前が簡単に死ぬ死ぬいうからじゃねえのか?」言いながら俺はそうかもしれないと思った。イルカはそういうことに敏感だ。それで怒ったのかもしれねえな。

「そうかな〜?」カカシは何か納得がいかないといった様子で首をかしげた。

「じゃ、これで問題は解決したな!」俺はもう終わったとばかりに話を切り上げて立ち去ろうとした。それをカカシは馬鹿力で押し止めて、ニッコリ笑って言った。

「駄目駄目!アスマにはお願いがあるんだ〜よ?」

嫌な予感的中。最悪の展開だ。しかしもうこうなったらカカシのお願いとやらを聞いてやらねば、後々もっと鬱陶しいことになるのだ。俺に選択の余地は残されていなかった。

「結局ね、お守りくれるのかくれないのか、話が立消えになっちゃって。っていうのも、イルカ先生に暫く姿見せるな!って言い渡されちゃったんだよね〜。なんかすごく怒ってたし。俺の誕生日もうすぐなのにどうなるのかなあって。」
だからアスマ、その辺のこと聞いてきてくれない?できれば俺へのお怒りも解いてきてもらいたいんだよね〜。

もじもじしながらそう言うカカシに、自分できけ!何歳だお前は!と内心つっこみながら、

「おう。」と短く了承した。今日は厄日だ。




目の前で言いよどんでいるイルカを見つめながら、俺はそんなことを思い返していた。

「プレゼントならお守りが欲しいって、あいつ言ってたぞ。」

何気ない俺の言葉に、イルカがええっ!?と大袈裟に驚いて身体を仰け反らせた。顔が見る間に茹蛸のように赤くなり、狼狽で口をパクパクさせている。そりゃ驚き過ぎだろう、と俺のほうもびっくりする。

「お守りならいいじゃねえか。気休めでもあいつはそういったものが欲しいんだろうよ。」俺が重ねて言うと、イルカが意を決したように俺に泣いて訴えてきた。

「ふ、普通のお守りならいいんですっ....!それなら俺も....でもカカシ先生はお守りにお、俺の...」

そこでまたイルカはウッと詰まり、しばし逡巡した後小声で言った。

陰毛が欲しいって....。」

ブーッと俺は飲んでいた酒を吹き出してしまった。イルカがワアッと泣き声を上げてテーブルに突っ伏した。

「俺、俺、やだっていったんです....そ、そんなの。それなのにっ、じゃあ勝手に貰いますって、お、俺のズボンを脱がせようと....」

それでグーで殴った、と。なるほど。
陰毛をお守りに。確かに昔そんな風習があったと聞いた事があった。戦いに出る男の無事を祈って、女が陰毛を贈るという。しかしなあ、と俺は頭を掻いた。それは昔の話だし、今となってはやはり変態の域の話だ。それを純なイルカに求めるのは酷ってもんだろう。俺は軽い目眩を感じた。

「力ずくで盗られるのが嫌だったんで、暫く出入り禁止にしたんです....ど、どうしたらいいんでしょう、俺。あんなに欲しがってるんだから、あげるべきなんでしょうか?でもっ、り、理解できないんですっ、これって普通のことですか?」

イルカが縋るような目をして俺を見る。俺はほんっとうに心底、自分で自分が情けなくなってきた。くそ。本当に2、3発殴ってやるんだったとカカシの顔を思い浮かべる。その時。俺は閃いたのだ。カカシへのささやかな報復を。
俺はイルカの背中をポンポンと叩いて、親切顔で囁いた。

「確かにそりゃあちょっと変態だな。イルカ、嫌ならやるこたぁねえ。盗られるのが心配なら、俺にいい考えがある。ちょっと耳かせ。」

カカシが地団太を踏む様を思い浮かべて、俺はほくそえんだ。




「アスマ、いろいろアリガト〜ね!」

数日後カカシが締まりのないご機嫌顔で俺の前に現れた。俺は一瞬ぽかんとしてしまった。おかしい。礼を言われることなんて何もしてねぇ。それどころか、カカシに対する嫌がらせをイルカに吹き込んだのだ。さも親切面をしながら。俺の目論見ではカカシはもっと落胆していなければならないはずだった。それなのにカカシは頬を紅潮させ、目を喜びにキラキラと輝かせていた。

「何の話だ?」訝しげに尋ねる俺にカカシはうっとりと答えた。

「アスマが言ったんでしょ、イルカ先生に下の毛剃るようにって。」

イルカ先生のうちに行ってね、力ずくで盗ろうとしてズボン下げたらツルツルで。
イルカ先生が、どうですか、参りましたか、これで毛はあげられませんよ、って威張っててさ。
も〜、そんなのどうでもよくなっちゃった。
だって、ツルツルなことってないじゃない。なんかすっごく興奮しちゃって、昨日はよかったなあ〜〜〜!

そんなことを言って、いやらしく思い出し笑いを浮かべてはひとり悦に入るカカシを、俺は呆然と見つめた。そういえば、今日受付けにイルカの姿がなかったな、などと今更思い当たる。

「だから、アスマありがとね♪いい思いをさせてもらっちゃった。」

こ、こいつ。俺はぶるぶる震える拳を押さえつけ、精一杯強がって見せた。

「たいしたこっちゃねえ。」



馬鹿な奴だと放っておいてくれ。



                   終

                   戻る