後編2


「火影様、猿飛上忍から使役鳥が....!」

血相を変えて火影の部屋へ転がり込んできた側近が、その場に居合わせたイルカの姿に一瞬眉を顰める。その側近の顔が、今から大事な話があるのだ、関係の無い下っ端は去ね、と無言のままイルカを威圧する。
イルカは例によって暗部の誘いをしつこく受けていたところだったので、そんな側近の態度に憤慨することも無く、それどころか助かったとばかりに嬉々として部屋を出ようとした。
だが、火影はそんなイルカを引き止めた。「待つんじゃ、イルカよ。」
側近はそんな火影の意図がわからず、少し躊躇うような表情を浮かべた。反対にイルカの方は火影の意図を十分に理解していた。

火影様、また俺を働かせようって魂胆だな...

イルカは露骨に嫌そうな顔をして火影を睨みつけた。こちらも然う然う火影様の思い通りにはなりませんよ、という意思を込めて。
火影はそんなイルカに気を払うこともなく側近に先を促した。側近の話は意外なものだった。

「実は猿飛上忍からこのような知らせが届いたのです。」側近はそう言いながら、火影に書状のような紙切れを渡した。それに目を走らせた火影の顔が緊張に強張った。そのあまりに真剣な様子に、イルカも何かよくない異変を感じとって、おや?と首を傾げる。むう、と唸る火影に向かって側近は更に言葉を続けた。「その知らせがついてから間もなくして...今度は紫の狼煙が上がったんです、国境沿いの常盤の森から...」

また紫の狼煙?しかも猿飛上忍ってアスマ先生のことだろ?また?
最後の手段とも言える狼煙を、軽軽しくよく上げるもんだなあ。

イルカはアスマに対して少し呆れながら、しかし前回の事件を思って「まあ、今回も大した事じゃないんだろう。」と呑気に高を括っていた。その間も火影と側近は何やら小声で話をしている。聞き耳を立てれば聞こえるような話も、最早何の興味も無いイルカは全く聞いていなかった。火影の背後の窓から見える青空を見遣って、今日は洗濯物がよく乾きそうだな、とかどうでもいいことを考える。その時厳かな火影の声がイルカを現実に引き戻した。

「イルカよ、頼みがある。」

イルカがふと火影に視線を戻すと、側近の姿は何時の間にか消えていた。

「嫌です。」イルカは話を聞く前から即答だった。しかし火影も慣れたもので、イルカの否定の返事には何ら触れないまま、いきなり問題の核心部分を突き付けた。

「細かい話は後じゃ。実はアスマとカカシは同じ任務に就いておったんじゃが....敵に妖術をかけられたカカシが、正気を失ったまま暴走しているらしい。アスマはそれを追っているんじゃが、止められそうにも無いと至急の知らせの後、紫の狼煙を上げた。...確かにアスマには荷が勝ち過ぎる。できればアスマとカカシ、両方とも失うことを避けたい。だがお前が頷かねばその確立はきわめて低いものとなるじゃろうよ....。」

カカシ先生が...!?

火影の話にイルカは酷く驚くと同時に後悔をしていた。のんびり窓の外なんかを覗いている場合ではなかった。あの時もっと真剣な気持ちで火影と側近の話に注力していれば、今頃はもう常盤の森に向かっている途中のはずだ。イルカは焦りにチッと小さく舌打ちした。あの写輪眼のカカシを取り込むほどの妖術とは、一体どういうものなのか。一刻の猶予もままならない事態に俺はどれくらい時間を無駄にしてしまったのだろう。イルカはカカシの事を思うと居ても立ってもいられない気持ちになった。こうしてはいられない。
火影の言葉が全てを告げる前に、「分かりました!」という言葉と共にイルカは姿を消していた。
そのいつも以上に素早い動きに火影は舌を巻いた。イルカはまた腕を上げたようじゃな、と見当違いな事を考えながら。





カカシ先生はアスマ先生のこと、殺しちゃったりしてないよな。まだ大丈夫だよな。

森の中を駆け抜けながらイルかは剣呑なことを考える。アスマ先生弱いからなあ、とご丁寧に独り言まで零しながら。空には紫色の煙が風に流されてまだ薄く棚引いていた。間近にそれを仰ぎ見ながら、イルカはキュッと口を横に結んで、自分自身を引き締めた。よもや好きな人と切先を交えることになるとは思ってもみなかった。しかし攻める手に躊躇いがあってはいけない相手だ。全力でいくつもりだった。全力で、カカシを取り戻す。

とその時、駆けていたイルカの視界に何かがチラリと映った。キラリと光るそれは。

「!」

イルカは瞬時に動いていた。後方に飛び退くイルカの足元に、的を捕らえられなかったクナイが数本ザッザッと突き刺さる。飛び退いたイルカが足を地面につけるや否や、間合いを一気に詰めてきた銀色の影が刀を振るった。イルカは咄嗟に背中から抜いた刀の柄の部分でそれを受け止め、しかも渾身の力を込めて押し払った。その力に押し戻されて銀の影は後方に吹っ飛ぶ形になったが、すぐに右足に力を込めて踏み止まり、臨戦の体勢を崩すことは無かった。

「はたけ上忍....」

イルカは突然現れた敵に向かって思わず呟いていた。カカシはいつもは額当てに隠された左目を、惜しげもなく晒していた。赤々と燃えるその瞳に殺気が漲っていた。
その瞳を見ながらイルカはアスマはどうしたんだろうかと、嫌な予感に眉を顰めた。


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