第17回

17. < 減速度と運動エネルギー >

最近知ったんです「踏力一定ブレーキング」っていうものがあるのを、タイヤグリップ限界の最大減速Gをキープして減速するのが最短、最強のブレーキングだと、至極まっとうだと思います。
でも運動エネルギーの観点から「高速では運動エネルギーが大きいから減速度を一定にするには踏力一定じゃなくて最初強く踏んでだんだん弱くしていかなきゃだめだ」とか、「速度が半分で運動エネルギーは1/4だからブレーキに余裕ができてより強くブレーキが掛けられる」みたいなことがネットにはどう計算したのかグラフまでつけて載っています。
なんか運動エネルギーとか難しいことを持ち出すと訳分からなくなっているようです、これは運動性能というより物理のお話です。

ブレーキの話ですがパッドのミューの温度による変化がとかディスクの熱容量と放熱がとか面倒なことを言っちゃう人もいると思うのでもう足でそのまま減速しちゃうこととしましょう(図参照)
靴の裏の摩擦でブレーキが掛かるとしましょう、それがFbです、これがそのまま運転手を通して車を減速させます。
その時の減速度は? (加速度)=(力)/(質量) ですね。
そうですブレーキ力が一定なら減速度は一定です。
まあそれだけの話なんですけどね、運動エネルギーが入ってきてみょうな理論が出てきちゃうようです。

まずある車が一定の減速度で減速して止まるとしましょう、その時の速度と運動エネルギーをプロットしたのが(A)と(B)です。(使用した数値は図を参照)
始めに持っている運動エネルギーが10万ジュールです、-0.204gの減速度で減速するとちょうど20秒で停止します。
減速度一定ですからスピードは同じ傾きで下がっていきます、速度についてはいいですよね。
運動エネルギーは始めが10万ジュールです、運動エネルギーは速度の2乗に比例ですから速度が半分の10秒の時1/2の2乗で1/4の2万5千になってます。 ほんとそれだけのことなんですけどね。


でも、でもですよ、自分で車を運転していると同じにブレーキ踏んでてもブレーキの掛け始めってなかなかスピードが落ちていかなくて「あれっ 効かない?」って思ったりしますよね、それでスピードが落ちてくるとぐっと効いてくる感じがしません?
その感覚が運動エネルギーが速度2乗の特性と結びついてブレーキングの前半は運動エネルギーをたくさん消費しなくちゃいけないから強くブレーキ掛けないといけない、みたいな理論を作り出させているのかなぁと思うんですよ。

で、どうして上のような感覚を持っちゃうのかと思って考えたんですけど、面白いことを発見したんです、下の(あ)と(い)のプロットを見てください。
前と全く同じ減速のプロットです、でも横軸を時間から距離にしてみました、大分感じが違ってきました。
横軸を距離にすると減速の始めはスピードがなかなか下がってこなくて、減速の最後の方はぐぐっと減速しています、一方運動エネルギーは同じ傾きで下がっていきます。
この方が感覚に合うでしょ。
妙な理論の人たちはこのプロット(横軸が距離)で速度が直線で減速しなきゃいけないと思っちゃってるんじゃないでしょうか。

ブレーキングってどうしても目から入ってくる距離の情報で判断してるんだと思います、 「あそこで止まろうとしてもう半分来たのにスピードは全然半分まで落ちてない」って思っちゃうんでしょ、「あそこまで4秒で止まるから2秒経った今はスピードも半分だ」なんて思う人はいないでしょ。
例の場合でいうとスピードが半分になるのに10秒、さらに止まるまでまた10秒、減速度一定ですから当然同じなんですけど初めの10秒は車速が速いからたくさん走っちゃうわけです、始めの10秒で300m、後の10秒で100mです、たぶん目つぶってブレーキングしたら一定の減速度を感じながら停止して(A)のプロットのように感じると思います。

というわけで物理というより人間の感覚の話になっちゃいました。


ちなみにダウンフォースの強いレーシングカーでは踏力一定ブレーキングは最速ではありません、ダウンフォース(=タイヤグリップ)が速度とともに変化するので最大減速度も変化します、速度が下がるにつれダウンフォースが減っていくのでタイヤグリップが減り、可能な最大減速度も下がっていきます。
つまり「ダウンフォースのあるうちに踏め」です、最初ダウンフォースのあるうちに「ばーん」と踏んで車速とともにだんだん緩めていかないとダウンフォースが減ってくるのでロックしてしまいます、グリップの最大を探りながらブレーキを緩めていかないといけませんからエアロ車のブレーキングは難しいのです。


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