はじめに

ある民謡研究家の言葉によりますと、今と違って男女が大っぴらに言葉を交わすことが出来なかった昔は、祭の夜の盆踊りでそれぞれのパートナーを探したものなんだそうです。
自分はどこどこに住んでいる誰であるとか、誰か自分の嫁になってくれる人はいないかとか、私の前で踊っているあなたはなんてナイスな方なんでしょうとか、そういったことを即興で盆唄にのせて、歌い踊ったのだそうです。
ですから盆唄というのは本来がその場で作られ、そしてその場で消えていくものなんだそうで、そういった成り立ちを考えるとこのように文にしてしまうのは多少邪道な気もしますが、長い間歌われてきた中でおしまこ節の歌詞として定着したものも数多くあり、それを次の世代に引き継がないのはなんとももったいないことだとも思うわけです。

一頃に比べて、最近はおしまこをあまり踊らなくなりました。でも見ていると、どうやらみんな踊りたい気持ちはあるようです。でも歌を知らないから歌えない、歌える人がいないから踊れない、踊らないから歌を覚えるチャンスが無い、だからいつまでも歌を知らないままだ。悪循環なんですね。
「それならば。」と昭和の終り頃に、「四番山 蛭子山(えびすやま)本町(ほんまち)明盛組(みょうせいぐみ)」の方々が、おしまこ節をたくさん集めた「おしまこ歌集」を作りました。
たまたま、全くの偶然でそれを個人的に手に入れた私は、さらに祭好きの友達や今は亡き祖父の協力を得て、バージョンアップした「おしまこ歌集」を作ってみました。
ところで全国の民謡の中には「田名部おしまこ節」や青森県の他の民謡とよく似た歌詞、いえ、中には全く同じ歌詞があるものがいくつもあるようです。日本海側の海運の発展をもたらした「北前舟(きたまえぶね)」の影響ももちろんあるでしょうが、集団移住した人々や旅の商人・芸人の口から口へ歌い継がれながら、民謡も旅をしたようです。

ここにご紹介する「田名部おしまこ節」は、主に祭の夜での足踊りに歌われる「おしまこ」で、節は「北海盆唄」とほぼ同じです。歌の形式は一人が代表で歌う「音頭」ではなく、踊り手が交互に歌いあう「甚句」です。
かけあいで歌えるように並べてみました。この歌集が祭を盛り上げるお手伝いになれば、どんなに嬉しいことでしょう。

今年も私はやりますよ!ええ、やりますとも!!
皆でいっぱい踊りましょうね。