(にえ)

 

 

プロローグ

 

 

 時は深夜、誰もが立ち入らないような廃寺に何故だか巫女服を着ている女性が立っている。長い髪をまとめる事無く、風に揺らしながら静かに立っている。しかも片手には刀を持ち、静かに目を閉じていた。

「双葉」

 名を呼ばれて刀を持った巫女はゆっくりと目を開けると、自分を呼んだ人物の方へ鋭い眼光を向ける。

 そこには同じく巫女服を着た女性。双葉とは違い、見た目は巫女服が良く似合う、清楚な女性だ。髪を後ろで一つにまとめて毛先を風に流しながら歩いてくる。双葉とは違い、その眼差しはどこか優しげで、暖かみのある雰囲気を出している。

双葉も美人には変わりないが、その目付きなどからまるで武士のような雰囲気を出している。

 そんなま逆な雰囲気を出している巫女がゆっくりと双葉に近寄ってきて、双葉もその巫女の名を呼ぶ。

「紅葉、そっちはどう?」

 紅葉と呼ばれたもう一人の巫女はゆっくりと首を横に振った後、何かを考えるかのように頬に手を当てる。

「ハズレじゃないんだけど、なかなか出てこようとしないのよね。そっちは?」

 双葉も紅葉と同じように顔をい横に振った。

「さっきから探してるんだけど未だに引っ掛からない」

「そう、でも居る事は確かよね」

「それは間違いないと思う。どっかから私達に向かって殺気を放ってるから」

 紅葉は先程、双葉がしていたように目をつぶると辺りの気配を探る。それからゆっくりと目を開けた。

「確かに殺気が向けられてるわね。う〜ん、ここで待ってた方が楽かしら?」

「でも……こちらからも何かやらないと出てこないかも」

「じゃあ、双葉がここで服を脱ぐっていうのはどう? 双葉の裸に誘われて出てくるかもよ」

 そんなことあるわけない。

 そんな事を思いながら呆れた視線を紅葉に送るが、紅葉は楽しそうに微笑んでるだけだ。

それを見て双葉は思いっきり溜息を付いた。

「紅葉、もう少しちゃんとやって」

「あらっ、私はいつでも真剣よ」

 あの発言のどこが真剣?

 そんな疑惑を視線に込めて紅葉に送るが、やはり紅葉は微笑んでいるだけだ。

 笑みを絶やさない紅葉に向かって双葉は刀で寺の本堂前を指し示す。

「じゃあ、いつものあれやって」

「え〜」

 双葉の発言に心底嫌な顔をする紅葉。そんな紅葉に双葉は鋭い眼光を向けるが、紅葉はやはり嫌な顔をしている。どうやら双葉の睨み付けは紅葉には効かないようだ。

「このままだと、いつまでたっても出てこない。そうなると明日もここに来ないといけないから今日中に終わらせたい」

「まあ、そうよね。でも……酷くない。毎回毎回私を生贄にして」

 そう言ってワザとらしく涙ぐむ紅葉、そんな紅葉を無視して双葉は刀を構える。

「それが紅葉の役目。第一、今までやってて傷一つ負った事無いでしょ」

「はいはい、分ったわよ。じゃあ、いつもどおりやるわよ」

 それだけ言って紅葉は先程双葉が指し示した場所へ移動すると、袂から扇、いや、鉄扇を取り出す。その鉄扇を開く紅葉、鉄扇には紅葉が描かれており、紅葉専用の鉄扇なのだろう。

 そして紅葉はゆっくりと舞を始めた。

 その優雅な舞は見る者全てを魅了させるように、まるで誘っているような舞だ。

 その間に双葉は舞っている紅葉の近くに立つと、紅葉に背を向けて刀を構えなおす。

 さて、紅葉の(にえ)神楽(かぐら)に誘われて全部出てきてもらえると楽なんだけど。

 双葉がそんな事を思っている間にも廃寺の空気が一気に冷え込み、辺りの草木は風もなく揺れ始める。そして林の中から飛び出してくる一つの影。それは一気に舞を踊り続けている紅葉へと突っ込んできた。

 だがその影が紅葉にまで達する事は無かった。その前に双葉の刀が一刀の元に切り伏せてしまったからだ。そして切り伏せられた影は地面に崩れ落ちる。

 地に伏した影は人……と呼べる存在であり、そうでない存在。つまり怨霊だ。それが廃寺のあちこちから紅葉に向かって飛び出してきた。

 八人……。

 瞬時に相手の数を確認した双葉は一気に紅葉も元へ戻ると迎撃体勢に入る。そんな双葉に紅葉は舞いながら話しかけてきた。

「そろそろ私も入ろうか?」

「……まだ、全部じゃない。だから紅葉、もう少しお願い」

「はいはい」

 適当に返事を返してくる紅葉を余所に、怨霊達は一気に紅葉へと襲い掛かろうとする。

 さすが贄神楽、ここまで一気に呼び寄せるとは……楽でいい。

 そんな事を思いながらも、双葉は紅葉に迫ってきた最初の怨霊に向かって一気に距離を縮める。だが、怨霊とて紅葉しか見ていないわけじゃない。

自分に迫ってきた双葉に向かって腕を振るい、攻撃を繰り出すが、双葉は身を一気に沈めてそれをかわすと一気に切り上げる。

懐に入られての一撃だ。そんな攻撃を三下の怨霊如きが防ぐ事も避ける事も出来るわけが無い。よって一閃の元に切り裂かれてしまった。

だが怨霊はこの一人だけではない。紅葉を挟んで反対側から一気に距離を縮めてくる怨霊が二体。それを確認した双葉は刀に霊力を一気に流し込む。

すると刀身が一気に炎に包まれ、それを怨霊に向かって振るうと炎の刃が飛び出し、紅葉の前を通過して二体の怨霊を一気に切り裂き、燃やし尽くした。

……上!

だがすぐに紅葉の上から襲い掛かってくる怨霊、しかも五体もの怨霊が一気に降り注いで来た。

すぐに跳び上がる双葉、その刀身に炎を灯しながら迫ってきた怨霊に向かって刀を振るう。

……二体逃した!

双葉の攻撃で倒したのは三体だけで、残りの二体は紅葉に向かって一直線に舞い降りる。だが、それを黙って見ている双葉ではない。空中で体を反転させると、刀身の炎を一気に燃え上がらせて刀を二度振るう。

よって双葉の刀から飛び出した二本の炎刃はそれぞれの標的を撃破して、紅葉の左右にそれぞれの爪痕を残した。

再び地上に舞い降りてくる双葉、それを見た紅葉は舞を止めると双葉に告げる。

「相変わらず暑苦しい技よね。それから全部出てきたみたいよ、しかもラッキーな事に一つに固まってるみたい」

「そう、さすが贄神楽、これだけ一気に集めてくれると楽でいい。それから、私の技はそんなに暑苦しくない」

「それは双葉が火之迦具土神(ひのかぐつち)を宿した神刀を使ってるからでしょ。私にしてみれば火之迦具土神の加護を得てないから暑苦しいのよ」

 鉄扇で自分を仰ぎながら、そう文句を言ってくる紅葉を双葉は呆れた目線で反論する。

「その代わりに紅葉には数多くの加護を得てる」

「まあ、そうだけどね」

「それに贄神楽だって」

「それはどう見ても生贄でしょ。だいたい、贄神楽を舞っている時は無防備なんだから。そこで双葉がドジすれば私がやられちゃうでしょ」

「その代わりに見返りも多い」

「まあ、確かにね」

 二人は廃寺の上に視線を移動させる。そこにはすでに、この廃寺に巣くってた怨霊達が一つにまとまり始めていた。

 これこそが贄神楽の力なのだろう。生贄とも言える踊り手が神楽を舞うことで辺りに潜む怨霊を誘き出している。つまり、贄神楽自体に怨霊を誘き出す力があり、その踊り手は贄神楽をより一層引き立てるエサにすぎない。

 だからだろう、紅葉があまり贄神楽をやりたくないのは。

 だが、贄神楽の効果は抜群だ。今現在、二人の目の前に辺りに潜んでいた怨霊が全て姿を現して一体化を始めている。二人にとってこれほど好都合な事は無かった。

 そして怨霊達が一塊になると球体に無数の顔と手が生えた形となり、無数の目が一斉に双葉と紅葉に向けられる。

「来るよ」

「と言っても、あんなのが相手じゃ、やりがいが出ないのよね」

「同感、三下はどれだけ集まっても三下」

 その言葉が怨霊達に届いたのかどうかは分らないが、今まで上空に浮かんでいた怨霊の塊が二人を目掛けて急降下してきた事は確かだ。

 ゆっくりと前に出る紅葉。そして鉄扇を開くと迫ってくる怨霊達に向ける。

 それを目にした怨霊達は、まず紅葉に向かって迫りながら無数の手を伸ばしてくるが、それが紅葉に届く事無く。鉄扇で張られた結界に全て止められてしまった。

 そして紅葉が鉄扇を振るうと怨霊達の手も、全て同じ方向へと弾かれてしまった。その光景を見ながら紅葉は鉄扇で口元を隠しながら軽く笑みを浮かべる。

「さて、さっきから双葉に見せ場を取られてるから、私も少しはやっちゃおうかな」

「そうね、少しは動かないと余計なところが垂れてくる」

「まだ垂れてません!」

 双葉を思いっきり睨みつけながら反論する紅葉。二人がそんな事をしている間に怨霊達は体勢を立て直して、再び紅葉へと迫ってきた。

「じゃあ重さ?」

「ちゃんと平均以下です!」

「隠れ脂肪」

「……双葉、さっきから喧嘩を売ってるの?」

 いや、からかっているだけ。

 そんな事を思いながら双葉は迫ってくる怨霊に目を向けるが、紅葉は双葉を睨んだまま、怨霊に向かって鉄扇を振るう。

 その途端、鉄扇からは強風が巻き起こり、怨霊達の動きを封じると紅葉はもう一度鉄扇を振るうと、今度は風が刃となり一塊になった怨霊を切り裂いた。

「とにかく! 私は体重も体脂肪もスタイルもちゃんと保ってます」

「ならいいんじゃない」

「双葉が言うと凄く嫌味に聞こえるのよ。自分だけそんな事を気にしてないって顔をして」

「なら紅葉も私と一緒に修行すれば」

「それは結構、双葉みたいな肉体系と一緒にしないで」

 紅葉、私だってそんなに筋肉が付いているわけじゃないんだけど。

 そう言いたげに紅葉に視線を送るが、よほど先程の事で機嫌を損ねたのだろう。紅葉はそっぽを向いてしまった。

 その間にも切り裂かれながらも、紅葉が起こした風が止まり、体勢を立て直した怨霊は紅葉への攻撃を一旦諦めて、今度は双葉に向かって突進してきた。

 溜息を付き、視界の端で怨霊達を確認すると双葉は刀を地面に突き刺す。そして一気に霊力を送ると一気に燃え上がり、炎はそのまま怨霊達に襲い掛かる。

 突然迫ってきた炎に怨霊達は急停止を掛けるのと同時に横に移動するが少し遅く、双葉が放った炎によって一塊になった内の三分の一を焼き尽くされてしまった。

「まったく、双葉と一緒にお風呂に入ると、どれだけ私が劣等感を感じてるか分ってる?」

「紅葉だって、そんなに気にするほどでも無いでしょ」

「気になるの! はぁ、時々まったく気にしない双葉がうらやましくなってくる」

 そういうものなのかな?

 やっぱり双葉には紅葉の悩みが分らないのだろう。もう呆れるのを通り越して半笑いになっている。

 二人がそんなやり取りをしている間に怨霊達は再び一つの塊に戻っている。二人の攻撃で一回りほど小さくなっているが、それでも怨霊達は飽く事無く、再び二人に向かって無数の手を伸ばしてきた。

 紅葉も鉄扇を開いて、それを怨霊達に向かって伸ばして再度結界を張り。双葉も紅葉の後ろへと移動する。

「ところで双葉」

「なに?」

 怨霊達の攻撃を防ぎながら双葉に振り向く紅葉はもう片方手で怨霊達を指し示す。

「いい加減にあれを倒さない。適当に相手をするのにも飽きてきたし」

「じゃあ、そろそろ真面目にやろうか?」

「というか、双葉が変な話を振ってくるからいけないのよ」

「はいはい」

 まあ、それもあるけど……紅葉も乗ってきたんじゃ。

 だが口には出さない双葉。もし口に出してしまえば再びさっきのようなやり取りになってしまうだろう。正直、双葉も怨霊達の相手に飽きてきたところだし、そろそろ終わらせて切り上げたかった。

 というか、辺りの怨霊を一気に集めたのだから、怨霊達の力もかなりのものになっているはずだが、それを片手間で済ましていた二人の方が、他の退魔士から見ればかなり凄いだろう……いろいろな意味で。

「じゃあ、一気に片付けるからお願い」

「任せて」

 双葉は刀身に灯っている炎を一気に燃え上がらせると、今まで攻撃を防いでいた紅葉が鉄扇を振るうと突風が怨霊達に吹き付けて、その動きを一時的に停止させる。

 その間に紅葉の横に並ぶ双葉。燃え上がっている刀身を紅葉が巻き起こしている突風に差し入れる。すると突風に炎が巻き付き、炎の威力を倍増させて怨霊達に炎を叩き付けた。

 一気に燃え上がる怨霊達。このまま一気に全部燃やし尽くしたい双葉達だが、意外と怨霊達もしつこいようで、中には一塊になって燃え続ける炎の中から脱出して、そのまま逃走を計る者がいる。

「逃がさない」

 それを逸早く察した双葉は廃寺の上に飛び移ると、そのまま逃げようとする怨霊を切り伏せた。だが、双葉が紅葉から離れた事に活路を見出そうとしたのだろう。何人かの怨霊が紅葉に向かって迫ってきた。

「あら、もしかして私が守ってもらうだけの存在に見えるのかしら」

 それでも微笑を絶やさない紅葉は鉄扇をたたむと、迫ってきた怨霊の一撃をかわすのと同時に鉄扇で一撃を入れる。それを迫ってきた怨霊に全てにやるのだが、所詮は鉄扇、打撃のダメージしか与えていないように見えるが、それでも紅葉は微笑んだまま打ち据えた怨霊たちに目を向けると怨霊達は咆哮を上げながら、この世から消えて行った。

「残念だったわね。私と双葉の武器には大直(おおなおび)日神(のかみ)の加護を受けてるの」

 大直日神、遥かなる昔、イザナギが黄泉の国から戻った時に、その身に付いた穢れを川の水で洗い流した時に生まれた神であり、その力は不浄を祓い浄化する力を持っている。

 つまり、双葉と紅葉の持っている武器には、攻撃されただけで怨霊達を浄化するだけの力と加護を得ている。怨霊達を相手にするとまさに一撃必殺の武器だ。

 そんな二人の武器と力にさすがの怨霊達も脅威を感じたのだろう。なりふり構わず、逃げ出す者が多くなった。だが怨霊達が廃寺から出ようとすると見えない壁に阻まれる。

「残念ね、この周辺にはすでに結界が張ってあります。つまりね」

「逃げ場は無いって事、おとなしく浄化されなさい」

 それでも足掻く怨霊達に止めを刺すべく一気に動き回る双葉と紅葉。そして一塊となった怨霊達が燃え尽きて浄化される頃には、もう逃げ出した怨霊は全て浄化されていた。

 そして一塊となった怨霊達も全て燃え尽くされ、火之迦具土神の力により強制的に成仏して行った。

 

 

 全てが終わり、廃寺には今までの薄気味悪い感じはなくなり、すっかり清清しくなっている。これで廃寺に巣くいてた怨霊達は全て強制的に成仏させられただろう。

 それを見届けた紅葉は大きく体を伸ばす。

「う〜っん、終わったわね」

 双葉も神刀を鞘に収めて廃寺の上から紅葉の横に舞い降りた。

「そうね、なら帰りましょうか」

 だが双葉の言葉に不満があるのか紅葉は頬を膨らませていた。

「けどさ双葉、久しぶりに都会に出てきたんだからちょっとぐらい遊んでも構わないんじゃない」

「それでもいいけど」

 そんな事を言いながらも双葉は時計を紅葉に突き付ける。

「こんな深夜にどこに行けと」

 だが紅葉は双葉の手を払いのけると、いつものように微笑みながら告げる。

「カラオケ」

「……やってるの?」

「大丈夫! たぶん二十四時間営業のところがある……はずよ」

「最後の間は何?」

 そんな双葉の突っ込みを無視して紅葉は双葉の手を取り、廃寺を後にしようとする。紅葉に引っ張られた事でしかたなく歩き出す双葉は思いっきり溜息を付く。

「私としてはさっさと帰って、お風呂に入って寝たいんだけど」

「いい若者が何言ってんのよ」

 確かに双葉も紅葉もまだ一〇代だ。それに二人とも鍛えられているから一晩や二晩、徹夜しても問題が無いくらいの体力を持っている。

 これ以上は何を言っても無駄か……しかたない、付き合ってあげるか。

 こうして二人は夜の街へと消えて行った。

 

 

 天城神社、某市の山奥に存在する神社だが、それなりに収入もあるのだろう、立派なたたずまいをしている。

『ただいま戻りました』

 本殿の横にある社務所に入る双葉と紅葉。中にはバイト巫女や神社が雇っている事務員さんなんかがいるが、二人は社務所にいる人に軽く挨拶すると更に奥に進む。

 社務所を通り抜けた先には林道があり、二人がそこを進むと奥の院と呼ばれる場所に着いた。

 先程と同じく戻った事を告げながら扉を開ける二人、だがその中には一人しかおらず二人を迎え入れた。

「あっ、二人ともおかえり〜、朝には帰ってくると思ってたけど随分と遅かったね」

「あははっ」

 隣で笑っている紅葉を双葉は指差す。

「仕事は早くに終わったのですが、紅葉がせっかくだからカラオケに行こうと言い出して、それから延々六時間も歌い続けたんです」

「なによ、双葉だって歌ったじゃない」

「最後は紅葉のオンパレードだった」

「あははっ、まあいいよ。二人はこの天城神社きっての退魔士だから、それぐらいは大目に見てあげるないとね」

 そう言って二人を迎え入れた人物は椅子から立ち上がると二人の元へやって来た。

 それにしても菫さん……相変わらず小さいな。なんか菫さんを見てると、こう……抱きしめたくなってくる。

 だが、そんな事をやったらどれだけ叱られるか分かったものじゃない。だが双葉の気持ちも分らないわけではない。

 なにしろ菫は二人よりも頭二つ分小さく、小柄な女性というより女の子に見える。そのうえ童顔のため、双葉はどうしても妹のように思ってしまうが、こう見えても二人より年上なのが未だに信じられないほどだ。

 天城菫(あましろすみれ)、この天城神社の責任者にして、この一帯の退魔士を取りまとめる元締めでもある。そんな人物をさすがの双葉も可愛い妹扱いは出来ない。……というか、やったらこの業界では生きていけないだろう。それぐらいの力を持った人だ。

 だが天城神社に仕えている二人にとっては、とても頼りになる上司だし、お姉さん的な存在だ。……見た目は無視してだが。

 そんな菫が二人の元へやってくると見上げながら微笑を向ける。

「まあ、二人ともそれじゃあ徹夜だったろうし、今日は休んでいいよ」

「やった!」

「いいんですか?」

 素直に喜ぶ紅葉と一応悪い気がする双葉、そんな二人に背を向けると菫は自分のデスクへと戻っていった。

「まあ、退魔士なんて仕事は深夜が本業だからね。それに二人には神社も手伝ってもらっているし、だから今日ぐらいは休んでいいよ。疲れてるだろうからゆっくり休むといいよ」

「は〜い」

「では、お言葉に甘えて」

 素直に返事をする紅葉と堅苦しい口上で、その部屋を後にする双葉と紅葉。二人の部屋はこの奥の院に接してる別の建物にある。それぞれ自分の部屋に戻っていった。

 そして一人残された菫はデスクの引き出しからとある封書を取り出した。

 それを見て溜息を付く菫。

「やっぱりこれは二人にやってもらわないといけないかな。……う〜ん、本当ならどっかから人を回してもらいたいんだけど、今は無理だからね……しかたないか。でも……」

 菫は再びデスクから立つと外に出て空を見上げる。

「まあ、あの二人なら何とかできるでしょ」

 そして菫のデスクにはとある事件が詳細に書かれている書類が広げられていた。たぶんこれが、次に二人が当たる事件なのだろう。

 だから今はゆっくりと休むように言った。この事件は一筋縄ではいかないのはすでに分っていたから。