紅蓮の灯火

 

 

第四話

 

 

 双葉と紅葉が振り返った先にまだ幼い少女が立っていた。

着物を着て、手に鞠を持ちながら無邪気な笑顔を二人に向けてくる。現在この村は結界で閉ざされている。だから生きた人間は双葉と紅葉だけだ。だがその少女はまるで生きているように生気を宿しており、その体からはにつかわない霊気を放っている。

「双葉、この子?」

 紅葉はかなり驚いているようだ。それはそうだろう、今まで紅葉が相手にしてきた霊で、ここまで生気が宿っている霊は見た事が無かった。

 そして双葉もそれなりに驚いているが、冷静さを取り戻すと思考を廻らして、霊気を探る。

 この子……死んでる。確かに子供は突然の事故や突発的な何かで死んでしまうと自らの死を理解できずに霊になっても生気を宿す事もある。けど、この子のこれは異常。ここまで生きている状態と変わらないなんて……かなりの霊力が生前からあった? ……いや、違う。たぶん……この村で行われた大祭のせい。

 つまり、目の前に居る少女がここまで生きている状態と変わらないのは、この村で行われた大祭が関係しているのだろう。まあ、村全体を覆い尽くすほどの霊障が霊達に力を与えているみたいだから、それぐらいあっても不思議は無いだろう。

 何故かは分らないけど、霊障がこの子に力を与えて実体に近い体を作り出してる。……霊障は霊を縛り上げるだけかと思ったけど、ここまで力を与えるなんて、この子に何か有るのか?

 そんな事を思った双葉は紅葉の傍によると、簡単に自分の考えを説明した。

 紅葉はすぐに納得したみたいで、対処法を聞いてきた。

「……霊であるのは確かだから、いつものようにやっちゃっていいんだけど」

「でも……ねえ」

 少女を見詰める双葉と紅葉。そして二人の視線を受けた少女は不思議そうに首を傾げてる。

「……双葉」

「なに?」

「この子……斬れるの?」

「こういう時こそ紅葉の出番」

 要するに二人とも目の前に居る少女を傷つける事にためらっているようだ。まあ、ここまで生きている状態と変わらない少女を斬り付けたり、術を掛けたりするのはためらうのだろう。

 結局は二人とも小声でどちらがやるか話し合うが、少女は痺れを切らしたのだろう。再び口を開いた。

「お姉ちゃん達、誰? どうして村に居るの?」

 再び少女の口から出た質問に双葉はどう答えていいか迷うが、紅葉は少し考えた後で膝を折って少女に目線を合わせる。

「私は紅葉で、こっちが双葉ね。あなたは?」

 優しい笑顔を浮かべながら少女の質問に答える紅葉。そんな紅葉に釣られるように少女も笑顔で応える。

「蛍は蛍って言うの」

 蛍の答えに紅葉は一瞬だけ笑顔を崩すが、すぐに笑顔に戻って相づちを返した。そんな二人のやり取りを後ろで見ていた双葉は蛍という名前を思い出していた。

 蛍……慶夏さんの日記に書いてあった名前。そうなると、この子が茉莉ちゃんと仲の良い友達か。……確か大祭や神社とは関係が無いはずだけど。でも、霊障は確かに蛍ちゃんに力を与えてる。

 蛍を観察して双葉はそう確信していた。

 現在、村を包んでいる霊障は村人の霊を縛りながら攻撃のために力を与え、侵入者を逃がさないために村を結界で包んでいる。つまり、霊障は村人の霊を縛りながら、侵入者を撃退させている。

 それだけで余計な力は与えていない。だが蛍は確実にそれ以上の力を与えられている。何故蛍にだけ力を与えられているのかは分らないが、戦えば確実に消耗させられるだろう。後に何が待っているか分らない以上は、それだけは避けたい双葉だった。

「蛍ちゃん」

 紅葉と楽しそうに談笑している蛍を呼び掛ける双葉。紅葉との会話を中断した蛍は双葉に無邪気な笑顔を向けてくる。

「なに?」

「村の人達はどうしてるの?」

「う〜ん、よく分んない」

「そう……」

 やっぱり蛍ちゃんは何も分ってない。という事は……下手に刺激しない方がいいか。死を理解していない霊は、自分の死を突き付けられた時が一番暴走するから。

「紅葉」

 今度は紅葉を呼ぶ双葉。紅葉は蛍に待っているように言うと双葉と一緒に蛍から少し離れた。

 そこで蛍について説明する双葉。それから紅葉とこれからの事を相談するのだが。

「どうするって言われてもね」

「でも、あまり構ってる暇は無い」

 今夜中、まあ結界で閉ざされている村だから夜が明けるとは思えないが、それでも二人の体力と霊力は限られている。だから二人の力が尽きる前に双葉は何とかしたかった。

 だがそう思っても簡単には決められない。

 一旦、蛍に視線を移す双葉と紅葉。蛍は二人の視線に気付いて無邪気な笑顔を向ける。

「……そういう事で紅葉、お願い」

 結局は丸投げな双葉に紅葉は溜息を付くと考え込む。

(まあ、双葉は前線が専門だからしかたないのよね。戦闘では頼れるんだけど、こういう時には役に立たないのよね。……しかたない、何とかしてみましょう)

 再び溜息を付いて紅葉は思考を巡らす。

(……要するに、倒さなくても蛍ちゃんを無効化してしまえばいいのよね。慶夏さんみたいに吹き飛ばしてみようかしら。……いや、蛍ちゃんの力は慶夏さんを上回ってるって双葉が言ってたわね。そうなると下手に術で撃退するのは暴走を引き起こしそうね……そうだ! 霊を相手にしてるとは考えずに蛍ちゃんを相手にしてるって考えた方が良い案が浮かぶわね)

 何かを思いついた紅葉は双葉に会心の笑みを向けると、笑顔のまま蛍に近づいて、再び膝を折って目線を合わせる。

「ねえ、蛍ちゃん、少し私達と遊ばない?」

「うん、いいよ!」

 思わぬ紅葉の提案に蛍は嬉しそうに頷く。

「それじゃあ、かくれんぼをしましょう。蛍ちゃんが鬼ね」

「うん!」

「じゃあ、そこの木で百数えたら私達を探してもいいよ」

「分ったよ!」

 紅葉に言われて素直に木のところで眼を隠して数を数えだす蛍。それを確認した紅葉は袂より札を取り出すと詠唱を開始する。

「掛けまくも畏き天城神社に奉仕し巫女として恐み恐み白さく、眼前の哀しき悲しき御霊(みたま)を封ぜんと御神(おんかみ)を奉り(ほう)ぜんとする」

 相変わらず無茶苦茶な祝詞文。

 そんな事を思ったりする双葉だが、紅葉の詠唱を崩すわけにも行かないので後で言う事にする。

「御霊を雪深き深湖(しんこ)の如く、その底に封じんとする。御神、禍津(まがつ)日神(ひのかみ)の名を持って御霊を封ぜん」

「えっ!」

 思わず声を上げる双葉。だが紅葉はそんな双葉を気にする事無く最後まで一気に唱える。

「恐み恐み白す、禍津日神の力を持って御霊を封じよ!」

 蛍に向かって札を投げつける紅葉。紅葉の手から離れた札は蛍に向かって飛んで行き、未だに数を数えている蛍の周りに展開する。そして札同士が光で結ばれて完全に蛍を囲んで封印してしまった。

「さて、これで当分は出れないはずよ。その間に次に行きましょう」

「う、うん、そうね」

 何かを言いたそうな双葉に紅葉は首を傾げる。それでも早くここから離れた方が良いと判断した双葉は歩き出して蛍から離れた。

 そして完全に蛍が見えなくなってから先程の事を思い出す。

 なんと言うか……やり方が卑劣。

 歩きながらそんな事を思ったりする双葉。まあ、実際に蛍を騙して封印したのだから卑劣といえば、そう言えるだろう。だが蛍との戦闘を拒んだのは双葉だ。だから紅葉のやり方にケチを付けるわけには行かなかった。

 それ以前に双葉の性格は真面目というか、武士に近い物があり、真正面からの勝負を好む傾向がある。故にこのようなやり方には少しだけ罪悪感が湧くのだろう。

 だが、現状ではしかたないと割り切る双葉。そして気になった事を紅葉に尋ねる。

「確か……禍津日神って厄災の神様。そんなのを使って大丈夫?」

 神様をそんなの呼ばわりしている時点で凄く失礼なのだが、双葉の言ったとおり禍津日神は厄災を司る神様であり、禍津日神が居るところには厄災が起こると言う。

 そして、この村を覆っている霊障は厄災と言ってもいい。厄災に厄災の神様を使って封印したのだから大した効果が無いと双葉は思っているのだろう。

 そんな双葉の心配を余所に紅葉は溜息を付いて答える。

「双葉、もうちょっと勉強しようよ。禍津日神は厄災を起こす神様だけど、祀ると厄災から守ってくれる厄除けの神様でもあるんだよ」

「えっ! そうだっけ」

 驚きの声を上げる双葉に再び溜息を付く紅葉。

「まあ、双葉は加護が少ないからしかたないけど」

 悪かったね。

 紅葉の言葉に不機嫌になる双葉。そんな双葉に軽く笑いながら説明を開始する紅葉。

「私が厄除けの神様を使わなかったのは、霊障の力で強化されてる蛍ちゃんに影響を出さないため。霊障は厄災だから厄除けの神様を使って封印すれば、封印と一緒に浄化もしちゃうから蛍ちゃんが苦しむ事になるでしょ」

「まあ、確かに」

「それに、霊障は常に蛍ちゃんに影響を与えてる。だから完全に浄化される事の無い蛍ちゃんは封印がある限り苦しみ続ける。そういうのを見たかった?」

 わざわざ意地悪な質問で返してくる紅葉を、双葉は軽く睨み付けてから視線を外す。

 確かに紅葉の言ってる事はもっともだ。封印に厄除けの力を使ったら、確実に霊障の影響を受けている蛍を苦しめる事になる。……まあ、他の霊ならやったかもしれないけど。それほど蛍の霊は特別なのだ。

 だから厄除けの力は使えない。だが禍津日神は厄災を司る神であり、浄化の力は備わっていない。だが厄災を近づけたり、遠ざけたり出来る。

つまり蛍に影響している霊障を遠ざけて力を弱くし、禍津日神の力を持って封じる事で霊障の力を無効化できる。そして封印された蛍は微弱な力しか持つことが出来ずに、封印から簡単に逃げられないという訳だ。

 確かにこの方法なら蛍に余計な影響を与える事無く無効化できる。紅葉にしてはかなりの上策だろう。

 だが完全に蛍を封じ込めたわけではない。封印は内からはともかく外から霊障の影響を受けている。だから封印は長くは持たないだろう。

 どちらにしても、封印が持っている間に霊障を解決しないと。そうしないと今度は蛍ちゃんを……斬る事になる。

 つまり二人にはあまり猶予は無い。出来るだけ早く村を取り巻く霊障を無くし、捕らわれている霊達を解放しなくてはいけなかった。

 ……そういえば。

 歩いている途中で紅葉に言うべき事があった事を思い出す双葉。

「紅葉」

「んっ、なに?」

 顔だけを双葉に向ける紅葉。そんな紅葉に双葉は真剣な面持ちで話しかける。

「前々から思ってたんだけど」

「うん、なに?」

「なんで……あんな無茶苦茶な祝詞で術が発動するの?」

 至って真剣に問う双葉だが、紅葉は思いっきりそのままの体勢で地面に突っ込んでいた。

「んっ、紅葉どうしたの?」

 ワケが分らず立ち止まり、真剣に尋ねる双葉。そんな双葉に紅葉は溜息を付きながら立ち上がると汚れを祓う。

「というか双葉はどうやって刀に炎を灯してるの?」

「霊刀に霊力を注ぎ込めば勝手に灯るけど」

 当たり前のように答える双葉に紅葉は呆れた視線を送る。

「あぁ、そういえば双葉は火之迦具土神の加護が強いんだったわね。そりゃあ霊力を注ぐだけで加護が発動するわけよね」

 そもそも双葉が加護を受けている神は火之迦具土神を筆頭に数神だけ、それでも火之迦具土神の加護さえあれば充分に戦えるし、他の神は力が強すぎて双葉だけでは発動できないのと、強力すぎて使い何処が無いという理由がある。だから双葉は火之迦具土神だけを使っている。

 ……ちなみに、紅葉を加護している神はかなりの数になり、紅葉自信も正確な数は分っていない。だから覚えている神の力だけを使っているだけだ。まあ、だから神については双葉よりも詳しいのだろう。

 それから加護について。そもそも加護を受けるという事は、その身に神の力を宿すという事。だから加護を受けた双葉が火の神である火之迦具土神の力といえる火を自由に扱えたり。紅葉が術で風だの水を使えたりするのも、その身に神の加護を得たからだ。

 つまり、神の加護を得なければ術や力は使えない。ちなみに、二人が使っている武器や巫女服にも神の加護を得ている。だから、そこにあるだけで力を発揮できるというわけだ。

 そして双葉は、それらの事を当たり前のように受け止めている。そして術を使う事が出来ない双葉は今まで術について知る事は無かった。幼い頃から、こういう世界に居たとしても使えないものは覚えなかったのだろう。

 まあ、双葉が術を使えない理由は他にもあるのだが、それは後で説明する事にして話を戻そう。

 額に人差し指を当てながら紅葉はどう説明したら良い物か考えてから口を開いた。

「そもそも私達が使っている術は祝詞じゃなくて呪詛なのよ」

「けど、形式としては祝詞」

「確かに形式だけを見れば祝詞に近いわよ。でも祝詞じゃなくて呪詛、その違いが分る?」

 紅葉の問にハテナ顔になる双葉。どうやら完全に分かっていないようだ。

「そもそも祝詞と呪詛は同じ物なのよ。どちらも言霊を使って力を発動させるわ。ただ、言霊の内容が相手を祝う物か呪う物かの違いだけ」

「それだけなの!」

 驚きの声を上げる双葉に紅葉は首を盾に振る。

「そもそも祝詞は祝うため、また相手を幸福にするため、要するに祝福の言葉なのよ。けど呪詛は違う。相手を呪うため、不幸にするために掛ける言葉が呪詛。そして言葉を言霊にしたのが術であり、祝詞でもあるの」

「要するに言葉の内容が呪う物か祝う物かの違いだけ?」

「そう」

 頷く紅葉。

 そもそもこれらは祭りの儀式で神に申す言葉である。そこで祝いの言葉を述べれば、それが言霊となり神に届き祝福をもたらす。だが逆に不幸な言葉を述べれば呪詛となって神に届き、相手に呪いを掛ける事ができる。

 祝詞と呪詛の違いはそれだけに過ぎない。

「それで、なんで術が発動するの?」

 肝心な部分を聞いてくる双葉。紅葉はわざわざ双葉の顔を指差しながら答えた。

「そこで大事なのが形式なのよ。祝詞も呪詛も一定の形式に沿って言葉を紡ぐわ、決して形式から外れる事は無いのよ。それは形式が言葉を言霊にしてくれて神様に届けるから。でも私達の場合は加護を受けてるでしょ。だから言霊を神様に届けるだけで術が発動するわけ、分かった?」

 一気に説明する紅葉に双葉は少し難しい顔で考え込む。

 えっと、つまりは形式に沿った言葉を紡ぐ事で言霊となり、神様に届いて力を貸してくれる……という事かな?

 大体が双葉の思ったとおりだ。だが祝詞も呪詛も神様を迎える準備をして、それなりの手順を踏まないと力を貸してくれない。

 だが双葉達は己の身に神の加護を得る事で、その手順を飛ばして一気に力を貸してくれるところまで持っていくことが出来る。つまり、加護を得た状態で呪詛となる言霊を唱える事によって術を発動させている。

 そして双葉が術を使えない理由が言霊にあった。術の発動に欠かせない言霊だが、決まった文章ではなく、その場で的確な言葉を言霊に変えて神に届ける必要がある。神様も力の使い方を知らないと力を貸せないという事だろう。

そのうえ、祝詞にも呪詛にも神様を称える言葉が必要である。つまり、自分を信仰しない者には力を貸さないということだ。まあ、信仰あっての神様という事で、それは必ず入れなければいけない。

 つまり、術を発動させるのに一番必要なのはその場に合った言葉を紡ぐ能力。それは作文能力であり、双葉にはこれが決定的に欠けていた。

 双葉も幼い頃にそれらを教わったのが、どうやら覚えられなかったらしい。呪詛は祝詞と違って、あまり難しい言葉や遠回しな言い方はしないから覚えやすいのだが、双葉にはそれでも難しかったらしい。

 決してバカではないのだが、作文は苦手という事だろう。

 紅葉の説明を聞いて、自分も昔に同じ事を習ったのを思い出し、やっと理解する双葉。双葉が納得した顔になったので、紅葉も満足そうに頷く。

 術に関して納得した双葉だが、新たな疑問が浮かんだのか、それを口に出してみた。

「そういえば、今更だけどなんで私は言霊無しに炎が使えるんだろ?」

 確かに術の理論は先程の通りだ。だが双葉が使う火之迦具土神の力は先程の理論には当てはまらない。そもそも、双葉は自然に力が引き出せるように訓練しただけで、理論的な物は一切覚えなかった。だからだろう、自分で使っておきながら理論が分らないという事は。

 そして紅葉は何度目かの溜息を付いてから、双葉にも分りやすいように説明を始めた。

「厳密に言えば双葉が使っているのは呪詛とか術じゃないのよ。どちらかといえば巫女の力ね」

「なんで巫女?」

「巫女の役目は信託を告げる布告者、また私達のような清浄を作り出す退魔士、どちらにも言えることは神に仕えるという事。それは同時に神の代行者でもあるの。だから加護を受けた私達は神の代行者として神の力を少しだけ自由に使えるというわけ」

 ……あ〜、そういえば、そんな事を聞いたような……。

 つまり双葉は神の代行者として、加護を受けた神の力を自由に仕える事が出来る。双葉が今まで受けてきた訓練は神の力を自由に発揮できる事、それを体に覚えさせる事で双葉は無意識の内に神の力を行使してきた。

 それらは昔に習った事で双葉はすっかり忘れているようだ。まあ、それは各々の役割がそうさせているのだろう。紅葉はその事まで説明する。

「だから双葉のように最前線で戦う巫女には加護を絞るのよ。一つの加護を使い慣れた方が瞬時の判断が出来やすいから。逆に私のように後方、援護を役割としている巫女は数多くの加護を得るの。それは後ろから戦いの全体を見て的確な援護が出来るようにね」

 つまり二人はそれぞれ役目に合った戦い方や知識を叩き込まれている。双葉は知識よりも前線での戦闘力、経験が生み出す瞬時の判断力。そして紅葉は双葉をサポートできるように大量の知識、それに伴う術の数々を使いこなすための技。

 どちらも菫により叩き込まれた事で、巫女として退魔士として必要な能力や知識だ。……まあ、双葉の場合は経験を積ませるために知識は紅葉に任せっきりなってしまったようだが。それでも、二人は良いコンビとして仕事をしている。

 けど、その話を聞いて双葉には引っ掛かる事があるようだ。

「……って、それだと私の加護が少ない事は当たり前じゃない」

「そうよ、ちょっとだけ悔しがる双葉は面白かったわよ」

 ……紅葉。

 双葉は少し震えだすと右手を思いっきり握る。

「とりあえず……殴っていい?」

「いや」

 はっきりと拒絶する紅葉に双葉はやり場の無い怒りを覚えていた。

 ……というか、今まで加護の数にこだわっていた私って……。

 まあ、結局は自分の勉強不足が招いた事で、これを機に少しは勉強しようと決意する双葉だった。

 

 

 村の探索を続ける双葉と紅葉。しばらくは何も無い道を進み、少しずつ両脇に民家が増えていく。どうやら村の中心に近づいているようだ。

 その事を示しているかのように、民家だけではなく店らしき物も立ち並んでいる。

「この辺は賑やかだったみたいね」

 道の両脇に立ち並ぶ建物を見て紅葉はそんな事を言い出した。

「今は虚しいばかりだけど」

 容赦の無い双葉。だがもっともな発言かもしれない。なにしろ、この村には生きている人間は双葉と紅葉だけなのだから。

 更に歩き続ける二人。紅葉はふと気になった事を口にした。

「そういえば双葉、これだけ多くの家が並んでるって事は、この辺で死んだ人が多いって事よね。また一斉に湧き出してくるんじゃないかしら」

 この村は何かしらの儀式が失敗して大火災に遭っている。だから両脇に並んでいる家々はほとんど焼け落ちており、火災に巻き込まれて死んだ人も多いはずだ。

 だが双葉はまったく逆の事を言い出した。

「たぶん、火災で死んだ人はほとんどいないはず。……あの紅蓮の炎、あれが村人のほとんどを殺したんだと思う。そうじゃないと霊にあれほどの力を与える事が出来ない」

「そっか……」

 ここに捕らえられている村人の霊は必ずと言っていいほど発火能力を持っている。それは紅蓮の炎に殺されて、なおかつ魂をこの地に括られたから有する事が出来た能力だろう。

 だから普通に火災で死んだなら、この地に留まる事無く成仏しているだろう。霊が生きている人間の世界に留まるには強い念か、何かしらの力が無いと出来ないからだ。

「村の人達、あの紅蓮の炎に捕らえられているのよね」

「だから、なんとしても紅蓮の炎を浄化しないと」

 それがこの村で起こっている霊障を解決する唯一の手だろう。そして浄化すれば、この村に迷い込んでも死者は出ない。それこそが二人がこの村に着た理由だ。

 更に進んだ二人は村の中心と思われる広場に出た。

「双葉」

「分ってる」

 広場の中心には円形に並んだ篝火が未だに燃え続けている。どうやら何かを囲んでいるようだ。そのうえ篝火が燃え尽きるという事は無いのだろう、未だに燃えて辺りを照らしているという事は霊障が起こっている限り篝火は照らし続けるだろう。

 篝火に近寄る二人。そして円の内側に目を向けると、そこには大きく焼け焦げた後が残っていた。

「……どういうこと?」

 双葉に尋ねる紅葉。だが双葉は首を横に振る。

「分らない。けど、ここで何かが起こったのは間違いないと思う」

 その言葉に紅葉も首を盾に振る。

「そうね、何故か分らないけど、ここだけ霊力の後が残ってるわ」

「しかも、あまり時間が経ってない」

「今日中、もしくは数日中までここに何かがあったみたいね」

 紅葉の意見に同意する双葉。

 何があったかは分らないけど、ここまで霊力の後を残してるからには、相当強い力がここで働いた。でも、生きた人間はここには居ない。未だに儀式が何かしらの影響を与えてるってこ、ッ!

「双葉!」

「なに、これ」

 突然、寒気にも似た霊気を感じる二人。それは冷たく暗く、とても強い力。そんな霊気を感じながら二人は戦闘体勢に入る。それは霊気の中に殺気も混じっていたから二人を見つければ即に襲ってくるだろう。

 双葉と紅葉は警戒しながら霊気が発生している方向を睨み付けるが、そんな二人の視界が突然揺らぐと二人は別な場所に立っていた。

 セピア色に染まった世界。どうやら、これから遭遇する何かは何かしらの強い念を残しており、それを無意識の内に二人に見せているのだろう。

 強制的に流れ込んでくる霊視に二人は動じる事無く、目のまで起こるであろう展開を凝視する。霊が無意識の内に生きている人間に見せる映像は事件解決に繋がる事が多いからだ。

 だから二人は辺りの様子を伺い、状況確認から入った。

 どうやらかなり高い場所らしい。四方は開けており、視界を塞ぐ物は定期的に建てられている柱だけ。広い部屋だが何も置かれておらず、そして壁も無いことからかなり広く感じられた。

 そして部屋の奥には囲まれた何かがある。四方はかなり頑丈に作られており、上は開いている。更に階段が付いているため、どうやら中に何かがあるようだが、二人の位置からは見えない。

「……双葉」

 少し心配そうな顔で双葉に意見を求める紅葉。どうやら霊はあの中を見せたいのだろう。そう解釈した双葉は紅葉に向かって口を開く。

「……行くよ」

「う、うん」

 少しだけ言葉が詰まる紅葉。しかたないだろう、先程は強烈な霊気と殺気を感じたばかりだ。その二つの気を放っていた何かが二人に何かを見せようとしている。どう考えても気持ちのいいものじゃないだろう。

 双葉が先に歩き出し、その後を紅葉が付いていく。気丈に振舞っている双葉だが紅葉以上に警戒している。

 さっきの気配。あれは明らかに危険。その危険な何かが私達に見せようとしている物、それはたぶん確信に近い物かもしれない、それと同時に危険な物。けど見ないわけには行かない、それが私達の使命でもあるんだから。

 意を決してそれに近づく双葉。そしてゆっくりと階段を上ると、警戒しながらそれの中を見る。

 その途端、双葉はその中に落ちて行き、一気に底にまで達する。そこには紅蓮の炎が広がっており、その炎の海で幾人もの女性が双葉を見ている。

「ああぁ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 炎で焼かれる痛みが双葉を襲う。火之迦具土神の加護を得ているいつもの双葉には、炎の力は届かないはずだが、その紅蓮の炎だけは双葉の身を焦がす。

 慣れない炎の痛みに双葉はうずくまると女性達は双葉の周りにいつの間にか移動していた。

「大地が乾くのは火が強いから」

「火の神様が怒っているから」

「だから火の神様に嫁を送る」

「嫁が怒っている火の神様を静める」

 無機質に、そして静かにそんな言葉を口にする女性達。双葉は焼かれる痛みに耐えながら顔を上げる。どの女性も生気を失っており、無機質な目で双葉を見ている。

 ……それって、神婚?

 そんな事を思う双葉だが、突然周りの炎が消えると辺りが一気に暗くなった。暗くなったのは一瞬だけで、すぐに紅蓮の炎は双葉が送る視線の先に現れた。

 どうやら炎の前に女性が立っているようだが、炎が作り出す影で顔は良く分からない。炎の前に居る女性は双葉を指差す。

「なら……」

 静かに怒気を込めながら女性は言葉を放つ。

「神ではなく人に嫁ぎたかった者はどうすればいい」

 それは双葉に言っているのか、それとも他の誰かに問いかけているのか、双葉には分らなかった。

 それを最後に再び世界が揺らぎ強制的な霊視が終わる。

「双葉!」

 霊視が終わった直後に膝を付く双葉。紅葉は心配そうに双葉に近寄るとその背を擦る。

「双葉、大丈夫? 凄い汗よ」

 膝を付いて荒い呼吸をしている双葉だが、その視線は篝火の向こうをしっかりと見ていた。

「紅葉、油断しないで、来る」

 途切れ途切れながらも紅葉に伝える双葉。そして紅葉が双葉と同じ方向に目を向けると、そこには慶夏の霊視で見た紅蓮の炎が静かに燃え上がっていた。

 

 

 

 

 

後書き

 

 

 え〜、そんな訳で今回も後書きを入れたわけですが……とりあえず、どうしても言っておかない事があったので後書きを入れました。

 それはずばり……禍津日神です。え〜、本編では禍津日神は祀れば厄除けとして守ってくれると書きましたが、それはそういう説もあるということで、絶対的な意味で厄除けの神様ではないという事です。

 ちなみに、厄除けの神様は神直(かみなお)日神(びのかみ)大直(おおなお)日神(びのかみ)伊豆(いづ)能売神(のめのかみ)祓戸四(はらえどのよん)柱神(はしらのかみ)鎮魂(みたましずめの)八柱神(やはしらのかみ)産土(うぶすなの)大神(おおかみ)などです。したがって厄除けで祀る神様はこれからの神様を祀ってください。

注意はしましたからね。だから禍津日神を厄除けに祀って、厄災が来ても私の責任ではありません。禍津日神を祀る際には自己責任でお願いします。

 まあ、厄除けに祀るとしたら、先程書いた神様が妥当ですね。ですから、禍津日神を祀ろうという冒険野郎は勝手に、なおかつ自己責任でお願いします。

 ではでは、そういう事で、そろそろ締めます。

 以上、本編では話の都合上で禍津日神を使っただけですよと、大声で主張する葵夢幻でした。